「ねぇ、僕の宝物知らない?」

 陽だまり亭で働き始めて十日ほどが経った頃、朝一番に扉を開けたのは見たことのない男の子だった。五つ蔵だろうか? 見るからにお客さんではない。

「いらっしゃいませ、宝物を探しているの?」

 しゃがんで問いかけると、男の子は見る見るうちに目に涙をためていく。

「どうしよう、どうしよう。なくなっちゃった」

 私は男の子の背を撫でた。

「何が無くなったのか教えてくれる? 一緒に探そう。マスター、小麦君、少しお店を空けてもいいですか?」

 マスターと小麦君の了解を得て、私は男の子から話を聞く。見当をつけて和菓子に行くつもりだ。お店が混み始めるまで二時間くらい。その間に見つけたい。

「宝物ってどんなものかな? それから、そうだ、君の名前を教えて、私は望」
「ナオ。お母さんからもらったぬいぐるみ、無くしちゃったの」
「ナオ君だね。無くしたのはぬいぐるみ、どんなぬいぐるみかな?」
「小さな、ネズミのぬいぐるみ」
「わかった。ネズミのぬいぐるみだね、よし、探しに行こう」

 ナオ君の手を握って、私はお店の外に出た。どこで失くしたのか、話を聞くうちに、社の近くで遊んでいた時に無くなったことがわかる。

「ここで無くしちゃったの?」

 尋ねると小さな頭がコクンと縦に揺れた。

 小さな子供にとっても、この社は魅力的な遊び場なのかもしれない。私以外にもこの場所に来る子がいるなんて少し驚いた。ここにたどり着くまでの小道は少し怖いんじゃないかなって思う。ちょっと薄暗いし、夕方になると私まで少し怖く感じる。

「ちょっと探し物さっせてもらってもいいかな?」

 社では相変わらず猫たちがひなたぼっこをしている。私は猫たちに断りを入れてから、ネズミのぬいぐるみを探しはじめた。

 社の周りの見える場所には見つからない。辺りの茂みを探してみることにしたけれど、見当たらない。時間だけが過ぎていってしまう。

「見つからない?」

 不安そうな声が私に投げかけられる。私は自分の中に広がる焦りを払拭してナオ君に笑顔を見せた。

「もう少し探してみるね。大丈夫、見つかるよ、見つける」

 無くした場所はわかっているのだ。ここをくまなく探して、それでもなかったら、もしかしたら誰かが持って行ってしまったのかもしれない。小さな子供や猫、いや、カラスかもしれない。

 見つけられなかったら、どうしよう。ナオ君の悲しそうな顔が脳裏に浮かんだ時だ。視界の端に、ムーンの姿が映る。その口に何かくわえられていた。

「これだ、このぬいぐるみだよ!」

 ナオ君が明るい声を出すと、ムーンはくわえていたぬいぐるみとそっと地面に置いた。ボロボロのぬいぐるみをそっと手に取って、ナオ君に手渡す。

「ありがとうムーン! 良かった、見つかったね」
「ありがとうお姉ちゃん! 僕帰るね」
「お家まで送ろうか?」
「大丈夫だよ、お母さんが待ってるから!」

 ナオ君はネズミのぬいぐるみを大切に両手で包むと、森の奥へと駆けて行く。

「待って、町は反対方向だよ!」

 私はそう声をかけたときには、ナオ君の姿は見えなくなってしまった。迷子になるかもしれない。慌てて追いかけると、陽だまり亭のある場所に出た。その向こうに、ナオ君が手を振っているのが見える。

「ナオ君、そっちがお家で合ってるの? 町は反対方向だよ!」
「僕のお家はこっちなんだ、ありがとう!」

 そのまま反対方向へ駆けていき、姿が見えなくなった。私はお店の中に戻る。

「お帰り望、見つかったみたいだね」
「うん、ムーンが見つけてくれて、とても助かったの。今度お礼しなくっちゃ。小麦君もありがとう、マスターもありがとうございました」
「あいつはお礼なんか気にするタイプじゃないって」
「私がしたいんだよ」
「望は真面目だな」

 小麦君はにっと笑顔を見せた。時計を見るとそろそろ忙しくなる時間。お店が混み始める前に戻ることができて良かった。

「やぁ、今日も大盛況だね」
「ノワルのおじいさん! いらっしゃいませ」

 常連のおじいさんだ。毎日来てくれるのだけれど、今日はなんだか少し元気がない気がする。コーヒーをサーブするときに声をかけてみた。

「なにかありましたか?」
「え?」
「違っていたらすみません。なんだか少し元気がないような気がして」

 そういうと、おじいさんは「あぁ」と寂しそうな笑みを漏らした。

「これがね、取れてしまって」

 おじいさんはいつも持っている鞄の中から小さな鈴を取り出した。もともとは何かについていたらしい鈴が、おじいさんの掌でコロンと転がる。

「妻がプレゼントしてくれたんだけど、取れてしまって」
「どこについていたんですか?」
「この鞄にね」

 おじいさんはカバンを指さす。

「あなたがどこにいてもわかるように、なんていってさ。鞄の中に入れとけばいいんだけれど、無くしてしまいそうで」

 私は鈴と鞄を交互に見つめた。

「あの、少しお時間もらってもいいですか? 直せるかもしれません」
「本当かい?」
「お店が少し空いたら、直してみます」

 ノワルのおじいさんは顔をほころばせた。時間はあるから待っていると言ってくれたので、私はお店が空くのを待ってから、工具箱からペンチを取り出す。自分のストラップについていた金色の輪を外して、ペンチでおじいさんの鞄に鈴を取り付ける。作業は簡単に終わった。

「これで大丈夫そうでしょうか?」

 鞄を返すと、ノワルのおじいさんは目じりをこれでもかというくらい下げた。

「ありがとう望ちゃん。これはお礼をしないと」

 なんていうものだから私は慌てて両手を振る。

「いいえいいえ! 喜んでもらえたらそれだけで私も嬉しくなるから」
「でもなぁ」
「そうしたら今度奥さんのお話を聞かせてください」
「そんなことでいいのかい?」
「はい、聞きたいです」

 ノワルのおじいさんが大切にしている奥さん。このお店に姿を見せてくれたことはまだない。

「それじゃあ、今度話してあげよう。マスターのコーヒーと小麦のケーキもご馳走しないとね」
「わぁ、嬉しい!」

 おじいさんはそういって笑顔で帰っていった。私の心まで温かくなる。役に立っているような、ここにいてもいいような、そんな気がして。