春ちゃんは私のことをフーコと呼んだ。

記憶を辿ると、6才の私が何度も、辛抱強く「春ちゃん、フーコじゃないよ。風花だよ」と正そうとしている姿が浮かんでくるから我ながら健気だ。

最初から、春ちゃんは改める気などさらさらなかったに違いない。

根負けしたのは私の方で、彼から「フーコ」と笑顔を向けられると、ついへらりと口角を上げてしまう小学生になっていた。

高校指定の学ランを着た春ちゃんの帰宅を玄関でうずうずしながら待つ。

ガララ、と引き戸が開かれて、私は彼に飛びつく。

「春ちゃん、お帰り! 何して遊ぶ?」

春ちゃんのゴツゴツした大きな手が伸びてきて、私の髪をぐしゃぐしゃにする。

「ただいま! フーコ」

それが聞きたくて、私は学校から帰ると忠犬のように玄関に待機していた。

春ちゃんも春ちゃんで、年頃の男子高校生のくせに遊んでくれるときはそれはそれはベストを尽くしてくれたから私はますます春ちゃんが好きになった。

春ちゃんはお母さんの弟。

つまり、私の叔父さん。

小学生女児にはそんな事はどうでもよく、とにかく自分に構ってくれて、全力で相手をしてくれる一回り年上のこの相棒の事を私はとかく気に入っていた。

不都合を感じたのは高1の夏。

自分が春ちゃんに向ける好意が、家族に向けるそれとは異なると自覚した途端。

円満だった私の世界は崩壊した。