「サダヒロくんには本当に申し訳ないんだけど、……しばらく、お弁当一緒に食べるのやめない?」

 ●

 校内の桜はすっかり青々とした若葉となり、薫風漂う初夏となった。
 四月の騒々しさもすっかり抜けた五月。ありふれた授業中。開け放たれた窓からは、運動場から体育の授業の音が聞こえていた。窓際の席、ノバラはなんとはなしに運動場の方を見やる。
 どうやらサダヒロのクラスの授業だったようだ。目を凝らせば……いた。サダヒロだ。走り幅跳びの測定のようで――走って、跳ぶ、ものすごい距離を。
(メチャクチャ跳ぶじゃん、すご……)
 竜に変身できない代わり……なのかはわからないが、サダヒロの身体能力は折り紙付きだ。その飛距離に「おお~~」と運動場の他の生徒や先生も感心している。サダヒロのガッツポーズ。
 ――と、彼は運動場を見下ろしているノバラに気付いたのか、彼女の方へと手を振った。表情まではノバラからは見えなかったが、多分、あれは、笑顔だと思う。
(なんで私が見てるの気付いてんの、視力ヤバ……)
 見えてるかわからないけど、ノバラも小さく手を振っておいた。

 ちなみに――ノバラは体育は苦手だ。
 サダヒロとは真逆で、彼女は人間の姿だとまあ運動神経がよろしくない。走れば遅く、跳べば短く、ボールは明後日の方向に飛んでいく。
 だが竜になると……他の生徒より一回り大きく、その辺の男子よりゴツくて厳めしく、その上、なぜか人間の姿だとダメダメな身体能力がこれでもかと向上した。
 さっきサダヒロを見ていた時から場面は変わり、今はノバラ達が体育の授業で、竜に変身して行う授業内容だった。運動場には竜に変身した生徒達。今は竜状態での200メートル走。ノバラのタイムはぶっちぎりだった。
「わー……ノバラちゃんすごいね!」
 いつもの前後の席の女子生徒が目を点にして、ノバラを見上げている。二人とも竜に変身していた。華奢で細身な竜、ふさふさとした飾り毛が可愛らしい四つ足の獣のような竜、いずれもノバラが「いいなぁ」と思うようなかわいらしい外見で。
「偶然だって。それに人間の時はほんとダメだから……」
 ノバラは苦笑の代わりに首をかしげて見せる。辺りではざわざわと、「ノバラさんすごい……」「速……」「ヤバ……」と声が聞こえた。
(ううーー変に注目されるの嫌なんだよなぁ、手抜きすればよかった……次の競技は手抜きしよっと……)
 強いとか、凄いとか。そういうことは極力思われたくない。
 ノバラは――「強い人には何をしてもいい」、という空気が嫌いだ。勝手にメンタルや責任感が強くリーダーシップがあると思われ、あれやこれやを押し付けられて期待されて。
「私達はあなたと違って弱いんだから当然でしょ」――そんな目を思い出すと、溜息が込み上げる。
(あーダメだダメだ、思い出すな落ち着け落ち着け……深呼吸、深呼吸――)
 すう――はあ。
 嫌な感情を吐き出して忘れるように。
 ……したのだけれど。
「うわあ」
 そうだ。今はブレスの練習だった。たいていの竜は口から火を吐ける。遠くの的を狙って火を吐くつもりだったのに――ノバラが吐き出した火焔は、的ごと周囲を焦土に変えていた。
「なんだあの火力」
「運動場の砂が硝子になってる……」
「やべえ……あんなの初めて見た……」
 ざわつく生徒、ポカーンとする教師。
「……火加減、まちがえた……」
 ノバラは静かに天を仰いだ。

 ●

 人間は竜に変身する為、一般に更衣室とはとても広い場所である。
 生徒らは竜から人へ戻ると、脱いでおいた制服を身に着ける。
「ノバラちゃんすごいね! 竜道部に入ったらエースになれるんじゃない?」
 いつもの前後の女子生徒が話しかけてくる。ノバラは靴下を履きながら困ったように笑った。
「あははーありがとう……でも格闘技って怖いじゃん? むりむり」
「えーもったいない」
「私より強い人なんていっぱいいるって……あ、そーいえば」
 ノバラははたと気付く。
「サダヒロくんいるじゃない? 竜になれない子。あのこ、体育どうしてるの? 竜になってやるやつの場合」
「流石に見学してるっぽいよ? まあ、なれないもんはしょうがないよねえ」
「ふぅん……そーなんだ」
 相槌を打ちつつ。「成績どーつけてんだろ、特例すぎて先生も大変だろーなー」……なんてノバラは内心で思った。
「サダヒロくんといえばさ!」
 今度は前後コンビからの話題振り。
「ノバラちゃん、つきあってるの?」
「え? 誰と」
「サダヒロくんと!」
「……なんで?」
「だっていっつも一緒にいるじゃない?」
 二人して顔を寄せる、その目はキラッキラ。あまりにもキラッキラしているから、ノバラは気圧されてしまった。
「た、確かによく一緒にいるけど……でもその理屈で言ったら、マコとウコだってつきあってることになるんじゃないの?」
 本気で首を傾げるノバラに、前後コンビ――前のマコと後ろのウコ――は「そうじゃなくて~~」と声を揃えた。

 ――サダヒロとつるみ始めて、分かったことがある。
 男女でつるむと「つきあってるの?」と言われるのだ。「違う」と言えば「またまた~」と返ってくる。そして質問者の目に悪意はないが、暗に「つきあっててほしい」という一方的な期待のようなものが確かにあって……。

 ……男の子と女の子は、恋をしなくちゃいけないのだろうか?