桜散る校舎裏は、ジュブナイルの始まり。

 少年はまっさらな学ランを脱ぎ捨てる。精悍な上半身を晒し、身構える視線の先には――大きな、禍々しい、深紅のドラゴンが、赫々とした瞳で少年を見下ろしていた。
「――いくぞッ!」
 少年はその威圧感に恐れることなく、ドラゴンへと踏み込んでいく――。

 ●

 時は入学式の日にまで遡る。
「1-3」と掲げられた教室、自己紹介をしているのは、高校生になったばかりの初々しい少年少女。少し緊張した、けれど期待をにじませた声音――将来の夢とか高校生活での抱負とか、所属中学とか、入る予定の部活とか、ありきたりな内容が一人ずつ。
 そして、一人の男子生徒の番になった。溌溂、凛々、快男児といった彼は、背筋を伸ばして起立すると見た目そのままの声を発した。

「俺はサダヒロ! 夢は竜に変身することだ!」

 その言葉に、教室が静まり返って――次にどよりと沸き立った。「え、マジ?」「嘘でしょ?」「冗談じゃなくて?」クラスメイトが狼狽するのは無理もない。なぜなら――この世界において、人類とは竜に変身できることが当たり前なのだから。人類の祖先は猿ではなく竜だったことは、遥か昔に証明されている事実であり、原始人は人と竜の中間のような姿をしていたことを証明する化石が博物館に展示されている。子供でも知っていることである。
 だからこそ、竜に変身できない人間がいるということは、クラスメイトにとって衝撃的なことだった。

 ――その日はてんやわんやだった。

「竜に変身できないってマジ?」
「マジだ!」
「なんで?」
「先天性のものらしい! 病院に行っても原因不明と医師も匙を投げた。病気ではないから、触ってうつったりはしないから安心してくれ」
 とまあ、とっかえひっかえ同じ質問が飛んでくるので、サダヒロはずっと同じ言葉を繰り返す羽目になった。こんなに喋りまくったのは久々だなあと廊下を歩きながら思う。高校受験ゆえにずっと勉強勉強だったから尚更だ。
 さて、歩いているとあちらこちらで部活動の賑やかな声が聞こえる。どの部活も新入生獲得の為、「やってますよ!」と熱心にアピールをしていた。野球部の声、吹奏楽部や軽音楽部の音楽、バスケ部のドリブル音……そんな中、サダヒロが向かったのは武道場だった。剣道部の竹刀を打ち合う派手な音とすさまじい猿叫が聞こえてくるが、目的地は剣道部の方ではなくもっと広い空間の一室で。
「すいません、こんにちは!」
 開けっ放しの戸。一礼して入れば、そこには竜に変身した生徒達がいた。ぶつかり合ったり、取っ組み合ったり、長い尾を振るったり――彼らは『竜道』と呼ばれる、竜に変身して行う武道競技の部員達だった。
「部活見学に来ました!」
 部員らの唸り声に負けないようサダヒロが声を張ると、竜達がそれぞれの顔を向ける。鱗が生えている顔、なめらかな皮の顔、厳めしい外骨格の顔、たてがみや角の形も千差万別である。
「あ! こいつ、変身できないやつっすよ!」
 噂とは存外に早く回るものらしい。部員の発言に「マジか?」と竜達がどよめく。それから竜達は部長らしき竜へと顔を向けた。部長は「あ~……」と困ったように首を傾けてから、サダヒロの前に来る。
「え~っと……君、一年生だよね。竜道のルールは……知ってるかな?」
「もちろんです、世界大会がテレビでやってるぐらいですからね」
「その……まあ……見学はとてもありがたいんだけど、変身できないことには入部は難しいというか……竜道のルール的に……」
「百も承知です、入部できなくても構いません。ただ、俺と手合わせして欲しいんです!」
「……え?」
 次から次への分からない事態に、部長は目を点にする。なのでサダヒロは分かってもらうために言葉を続けた。
「竜と向き合い、己を限界に追い込むことで、もしかしたら……変身できるんじゃないか……と! 俺はどうにか竜に変身したくて……お願いします! 一度だけでいいので! ボコボコにして下さって構わないので! 三分……いや一分でもいいので! 一試合だけ!」
 なお竜道はそもそも竜同士の決闘から生まれた競技で、その心意気は相撲に近しい。殺すものではないが、正々堂々と力と力をぶつけ合う、神聖で健全な行為である。
「う~ん……一応聞くけど武道経験は?」
「一通り有段者です! 人型のみの武道大会で中学生全国大会優勝してます!」
「おー……」
 部長は鉤爪で器用に自分の頬をポリポリと掻いた。それから部室を見渡して……適当な部員に首を伸ばして耳打ちをする。
「頼めるか?」
「ウス。……でもいいんスか? 大丈夫スか?」
「まあほら、やる気は十二分みたいだし、無視するのもなんかかわいそうだし、あんまり心無いことしたらうちの部のイメージダウンにもなるし……」
「ハァ……」
「武道経験者なら受け身の取り方も知ってるだろうし。でも一応、骨とか折らないように優しめに、適当に転がしてやって」
「ウス」
 他の竜がスペースを空けてくれる。サダヒロは「ありがとうございます」と丁寧にお礼をして、自分の相手をしてくれる竜と向かい合った。硬い甲殻をまとった、翼よりも脚が発達した重量級の竜だった。
「一年生くん、怪我だけしないようにな」
「はい! よろしくお願いします!」