茉莉子の遺体を引き上げてから一夜が明けた。

茉莉子と思われるダム湖の湖底から見つかったご遺体は、唐津署で身元確認を行った後に、遺族の元へと帰す流れになった。

米満、支倉、そして侑斗の3人が緊急搬送された病院のベッドで寝ていた。

支倉がまず目を覚ますと、「ここは一体どこだ?」と見回すと左には時折大きないびきをかきながらぐっすりと寝る米満、右側にはずっといびきをかきながら寝る侑斗の姿があった。

そんな支倉の様子を後ろから制服姿の饗庭が病室へ入り声をかけた。

「やっと意識を取り戻したか。ここは病院の緊急搬送された人を一時的に受け入れる部屋だ。通報を受けた警察が駆けつけたときには、君たちは意識を失っていたんだよ。」

饗庭から話を聞くと、「えっ、俺って倒れていたのか?」と聞くと、饗庭は支倉のベッドの側にあった椅子に腰を掛けると語り始めた。

「米満と侑斗と支倉の3人が見つけてきたのは、間違いなく茉莉子に違いない。俺は遺体安置所で眠る茉莉子を見て確信した。”俺達のお婆ちゃんに違いない”とね。一応俺のDNAは、俺のお爺ちゃんだと分かった望月樹さんの時と同様にね、血縁関係があるかどうかを調べてもらっているんだよ。多分、数日以内には判明する。分かれば俺が建立したお墓にお爺ちゃん、お婆ちゃん、そして饗庭家先祖代々の墓に眠る親父、決して一つの家族として一緒に過ごすことが出来なかったこの3人の御霊をせめて墓場の中であれど一緒にさせてあげたい。これは孫である俺がしなければいけない任務の一つだ。」と語り始めた。

支倉は饗庭の話を聞き、「ずっと言っていたことだもんな。俺もまさか、厳木ダムで夥しい数ともいえる自殺者の霊達に襲われるとは思ってもいなかった。死を覚悟した。でもそんなときに眩いばかりの光が差し込んで、俺を取り囲む霊達が一目散に暗闇の世界へと消え去ったんだ。自分でも生きていることが不思議なぐらいだ。侑斗君曰くはね、”茉莉子さんの霊が助けてくれた”って言っていたなあ。」と話すと饗庭は「茉莉子さんの霊が助けたというのか?」と聞くので、支倉は自分が体験したことをありのままに伝えることにした。

それを聞いた饗庭は「茉莉子さんは死後、恐らくだがあの世で受けるべき裁きを受け罪を償い反省したと認められて天国に昇天することを許されたんだと思う。きっと俺が犬鳴ダムで死にかけたとき、あの時きっとどこかで茉莉子さんがいたのだろうか。そう思うと俺も、涙が出てきた。俺達の守護霊としていつも見守っていてくれていたんだ。」と感極まって話すと近くにあったティッシュで鼻をかみ始めると左目からポロリと涙を流し始めた。

饗庭の答えに支倉はある疑問を呈した。

「茉莉子さんは確かに饗庭のお婆ちゃんでもある人物だ。だがしかし、守護霊になるとしたらどうしてお父さんは出てこない?」

支倉がそう話すと、饗庭はこう答え始めた。

「親父が出てこないことには何か理由があるかもしれない。それこそ潤一郎の御霊の呪いにより、精神的に追い詰められた末に首吊り自殺を図ったのだから、潤一郎を恐れ姿を現せられなくなったのかもしれない。」

饗庭の答えに支倉は「大事な息子が命の危機に瀕しているのにそれでもなお、父親として息子を助けないのは俺はおかしいと思う。」と語ると、饗庭は「潤一郎は何かある。仮に殺人鬼じゃなくとも、殺された被害者であれど、潤一郎が抱える闇は根深い。一度憑かれたら、終わりのない負のループが続くのだろう。残念ながら潤一郎はそう簡単に成仏させることはできない。旧染澤邸の最後に住んでいた荻窪家の末っ子の伶菜ちゃんを見ていてそう思った。3歳の女の子なのに、知っていたらおかしい事ばかり口にするんだ。」と話した。

支倉が思わず「それって一体どういう内容なんだ?」と聞き始めると、饗庭は支倉に囁くような口調で「俺が話すことは誰にも教えないでほしい。これは俺と支倉、2人だけの秘密だ。わかった?」と聞くと、支倉は「OK!わかったよ!」と答えると饗庭は、伶菜ちゃんの現状について説明をし始めた。

「聞いた話だと、厳木ダムで両親・兄弟を無理心中で亡くした後、伶菜ちゃんは大村市内に住む祖父母のところへ引き取られた。しかし異常ともいえる状態が続いた。話しかけても決して喋らない、ただ窓をじっと眺めてぼーっと過ごす、極めつけは与えられた飲物や食事を一切興味を示さず食べる様子すらないということだ。さすがに気掛かりに思った伶菜ちゃんの祖母が心の病を疑い、大村市内にある精神科病院へ診断を受けた結果入院することになった。しかし、入院するにつれ状況は良くなるどころか悪化していく一方だった。最終的に食事を持ってきたスタッフに対して、トレイごとスタッフに投げつけると、一心不乱になってトレイを武器に倒れたスタッフの頭を殴り続けたんだ。伶菜ちゃんが唐津市内の精神科病院に移ってきた理由はほかでもない。霊能力を持つ警官が唐津署にいるという俺の噂を聞きつけて、伶菜ちゃんの祖父母が藁にすがる思いで唐津市内の精神科の病院に入院させたんだ。何かあれば、俺が出動するだろうと思ってね。俺は伶菜ちゃんの祖父母が予め楠木先生のところに訪ねていたことも知って、楠木先生も悪魔払いをすることが出来るキリスト教関係者を大至急調べるから、俺の管轄でもある唐津市内の病院に転院したいとは俺も聞いて知っていた。そして伶菜ちゃんを見て思った。俺が近付いてもピクリとも反応もせず、ぼんやりと外を眺め、ご飯を食べなければいけない時間になっても、食べ物にさえ興味を示さなくなり、水だって飲む様子すらないので看護師が伶菜ちゃんの口を開けてストローをつけたコップで飲ませてあげたりしているんだよ。水分補給をしなさい、てね。伶菜ちゃんの体は3歳の体とは思えないほど痩せこけていた。そんな伶菜ちゃんはまともな栄養を摂取できる状態ではないため点滴がないとダメな状態だった。俺は出てくる言葉などなかった。そんな日々が続く中、3月11日のお昼過ぎの事だった。出入りをしていることが多い看護師にラテン語で話したんだそうだ。

”Quid intuemini”(=何じろじろ見ている)

看護師は驚きのあまりに腰を抜かすと、伶菜ちゃんが更に近づき看護師の前腕を激しい勢いで噛みつき始めた。それは貪るような感じだったそうだ。看護師が必死になってナースコールで呼び出し、駆けつけた看護師により、緊急通報された。襲われた看護師は筋肉の一部が剥き出しになるほどの重傷を負った。」

饗庭の言葉に支倉は「えっ!?3歳の女の子にかじられただけで筋肉の一部がえぐられるほどの重傷を負ったのか?」と聞くと、饗庭は「それは俺も、通報を受けた俺の上司も口を揃えてこう言った。”口では説明できないことが起こっている”とね。恐怖はそれだけではなかった。」と語りだした。

支倉が「それは何?」と聞くと、饗庭は「3歳児では知っていないことを次々と話してくるんだ。今のところ伶菜ちゃんに憑いている悪霊の数だけでも10体は確認が取れた。俺が”名前を教えてほしい”と聞くとね、”婚約中の彼女を己の念力で殺したあばずれ野郎に言う権利はない”って言って、馬鹿にするようなことを言われてカチンときたがそこは冷静になって”伶菜ちゃんじゃないよね?伶菜ちゃんの背後に何体もの黒い影があった。更に言及をした。”名乗らなければもう一度地獄へ送り返してやる”ってね。そのときにたまたま持っていたこの聖水を使ってね、聖水をかけたら濡れるだけのはずなのに火傷のような傷を負うと同時に煙が上がった。

”Dependi sordida aqua”(=この俺に汚い水をかけやがって)

伶菜ちゃんがラテン語で反論すると、つかさず聖水と共に持っていたロサリオを彼女のおでこにかざして聖書を読みながらこう唱えた。

”大天使聖ミカエルよ、戦いにおいて、わたしたちを守り、悪魔の凶悪なはかりごとに勝たせてください。神がかれに命じてくださいますよう、伏してお願いします。ああ、天軍の総師よ、霊魂をそこなおうとして、この世をさまようサタンと他の悪霊たちを、神のおん力によって地獄にとじこめてください。アーメン。”

(出典:エクソシスト 悪魔祓いを行うカトリック司祭の文献・映像より引用)

粘り強く祓った結果、10体の悪霊の正体がわかった。」

饗庭が語ると、メモに書き綴った。

1.アザゼル(=”神の強者”の意味の名を持つ堕天使)
2.デカラビア(=五芒星の姿で現れる堕天使)
3.ベルゼバブ(=”悪魔の王子”として知られる堕天使)
4.ヴァラク(=竜に乗り、翼を持つ少年の姿で現れる堕天使)

「ここまではキリスト教関連の堕天使だ。ここからは実在した犯罪者だ。」

5.ジョー・ボール(=アメリカの連続殺人者)
6.ジョン・ウェイン・ゲイシー・ジュニア(=アメリカの連続殺人者)
7.チャールズ・ミルズ・マンソン(=アメリカの犯罪者)
8.西口彰(=日本の連続殺人犯)
9.都井睦雄(=日本の連続殺人犯)

「最後の一人は、政治家だ。」

10.ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ(=ドイツの政治家)

「支倉、驚くだろ。生きていた時代は勿論のこと国籍も宗教上における身分も違う10人を3歳児の伶菜ちゃんがどうやって呼び寄せたのか俺にはさっぱりわからない。ただ一つ言えるのは仏教の御祓いは一部にしか通用しない。それだけだ。」

饗庭が嘆くように語ると、支倉もどう言い表せばいいのか分からない気持ちになった。饗庭が「ただ一つ言えるのは、弱っている人間の弱みに付け込むようにして悪が寄り添い、その悪によって精神共々乗っ取られてしまった可能性は高い。俺達に出来ることは、バチカンから正式な悪魔払いの儀式の了承を頂くまでは、何も動けない。無論俺はカトリックの聖職者じゃない。この儀式を行うのには聖職者である必要がある。残念ながら、今の俺には相手が強すぎて敵わない。」

饗庭の言葉に支倉は「何とかならないのか。伶菜ちゃんの中に悪と闘うパワーの余力はあるんじゃないのか?」と聞くが、饗庭はこう答えた。

「今の伶菜ちゃんでは憑いてる相手が強すぎていずれ闇に喰われるのは時間の問題だ。俺がキリスト教関係の悪霊の御祓の際に楠木先生と共に、バチカンで悪魔祓いをすることを認められた神父が長崎にいる。聖カルタ教会の野澤神父だ。伶菜ちゃんには今、楠木先生と野澤神父が傍にいて、何かあった際の医師の立ち合いの元でずっと御祓の対応に当たっている。俺は楠木先生と野澤神父のお手伝いをする事しかできない。」

饗庭の答えに、支倉は「それじゃあ何もすることをなく、弱っていく伶菜ちゃんを見ていくだけというのか?」と饗庭を問いただすと、饗庭は「俺だって3歳の女の子がこんなことで死ぬのは一番辛い。たった生まれて3年だよ?俺だって出来ることはしてあげたい。俺だっていち一人の人間だから、一番無力さを痛感させられている。ただせめて、まだ伶菜ちゃんの肉体に残る魂に対して、”悪と闘って打ち勝ちなさい”というしかない。俺には彼女が彷徨っている世界へと足を運び救い出せるほどの力は残念ながらない。必死に呼びかけて、闘うことを表明しないと、魂が奪われる瞬間まで悪は付き纏ってくるだろう。」

饗庭はそう語ると、支倉の手を握り始めた。

支倉はそんな饗庭の姿を見て「辛いのは分かる。説明が出来ないことが起こっているのは間違いない事だ。ただ仮に潤一郎が悪魔降臨会を主催した際に現れた悪魔の一種であれば、伶菜ちゃんに憑いている悪霊の一人にキラークラウンのゲイシーがいるのはおかしな話だし、またゲイシーが連続殺人を犯したのは1972年から1978年にかけての6年間の間だ、つまり潤一郎が生前呼び出した悪魔の一部とは無関係ということになる。でもこれが現実に起こっていることを冷静に受け入れ、この世の中どこにいても世界中の悪霊が弱い人間をターゲットに絞り憑いてくるってことだろ。そうなってくると、もう俺達で出来ることはただ一つ必死になって伶菜ちゃん自身を取り戻すための呼びかけを続けること、それしかない。」と語りだした。

支倉の言葉に饗庭は励まされたのか、饗庭は「ありがとう。何だか支倉に相談が出来て気が少し楽になれたよ。」と語ると、支倉は「仕方がない。饗庭には饗庭にしか出来ない仕事を全うする。それだけだろ?後は、俺達が必死になって引き上げてきたあの腐敗した遺体の身元を必ず分かり次第ちゃんと報告をくれよ。」と語ると、饗庭は「勿論だよ。必ず支倉にも米満にも報告をするよ。」といって2人で笑い合った。


「ところで饗庭、お前念力で人を殺すなんてリングの貞子みたいな能力を持っているんだな。」

支倉に指摘された饗庭は思わず突っ込んだ。

「念力で人は殺せるわけがない!!俺は霊能力はあるが超能力はない!!」

はっきりとした口調で言い切ると、左で寝ていた米満が眠そうな表情で起き始めるとぼやけた口調で二人に質問をした。

「ここ、どこ宇宙空間にあるカプセルホテルの中?宇宙にいるなら地球が青いかどうかって見れるのかな?」

それを聞いた支倉は「米満、ここは唐津市内にある病院だ。宇宙ではない。」と笑いながら話すと、米満は寝ぼけていたのか再度眠りについた。

それを見た饗庭が思わず「夢の世界の延長だったのか。」と思わず苦笑いをしてしまった。そんな饗庭を見て支倉もつられて笑ってしまった。