井戸の底から見上げる夜空は、まるく切り取られている。

 真っ黒い、満月みたいだ。

 少女は足を投げ出して座り込んだ姿勢で、はるか頭上を見る。

 満月が、明るくて白にうっすら黄色を混ぜたような、あの色じゃなかったら。もしこんなふうに真っ黒だったら。黒は不吉な色扱いをされなかったのだろうか。

 からすの羽根。

 いつも歩いていた中学校の通学路、田んぼと畑に囲まれたその場所で、農業用のトラクターかなにかに轢かれてぺちゃんこになっていた大きな鳥の持つそれが、あたり一面に散らばってつやつやと光っていたことを思い出す。

 黒くて光るものって、あのくらいしか知らないけれど。でも、ぜんぜん嫌いな色じゃない。

 だから、いやじゃない。

(でも)

 ここは、この場所は、正直あんまり好きではないな、と思う。

 ぬらぬら光る、緑や黒の苔と黴に覆われた石壁と、その底に少しだけ溜まっている茶色い水。

 その水には、この体から腐り落ちた肉が溶け込んでいるが、冷え込む二月の空気にさらされ、もはや臭いすらわからなくなっている。いや、臭いがわからないのは、鼻がそもそも機能していないからだ。それはきっと、この状況においては数少ない僥倖なのだろう。腐臭など、誰が好んで嗅ぎたいものか。しかも、己から漂うそれを。

 時折、上から吹き降ろしてくる風が、その水に細波を立てる。

 抜け落ちた眼窩でひたすら見上げつづけている夜空は、どこまでも黒く、星の瞬きひとつ、見ることはできない。

 力なく膝の上に伸ばされた指の先にも、もはや十代の子供らしいふくふくとした肉も皮膚も残されていなかった。そこに小さな羽虫が止まるのを見たとき、つう、とひとすじ、涙が少女の頬を流れた、気がした。

(ああ、これは)

(涙、じゃないや)

 違う。あたりまえだ。そんな水分が、もうこの体にあるはずがない。

 自分はここで死んだのだから。

 それにしても。

 さみしいときに泣けないのってやっぱりつらいな、と少女は軽くうなだれる。

(せっかく、ちゃんと)

(泣けるように)

(なってきて)

(いたのに)

 今、白い頬の骨を伝わり転がり落ちたもの。

 これは、腐り溶け落ちた己の肉を食んで生まれては死んでいく、たくさんの蛆虫たちの、成れの果てだ。