穂積(ほずみ)!!この会議の資料はまだかッ!!!!」

「すいません!!すぐにできすから!!」

オフィスに上司の怒号が響き渡る。

午後にある会議で使う資料はまだかと怒鳴っているのだ。

ちなみに、さもずっと前に頼んだ書類がまだできていないような口ぶりで怒っているが、実際は昨日の退勤前に唐突に言ってきた物だ。

できるはずがない。あの上司は私をロボットか何かと勘違いをしているのではないだろうか。

それでも、私はすいませんと頭を下げるしかなかった。

OLという存在にあこがれていた数年前の自分へ、これが現実だ。

ナチュラルなメイクをして、キッチリとスーツを着て、綺麗に結い上げた髪を揺らしながら、堂々と胸を張って出社する。
お昼は可愛らしい手作り弁当を持参し、同僚の子たちとランチを楽しむ。そんな大人を夢見ていた。

怒鳴られ、逃げるように飛び込んだ女子トイレ。鏡に映る自分の姿は、理想からは程遠い姿だ。

メイクでは隠し切れないほどくっきりとついた隈、不摂生の所為で肌はボロボロだ。ヨレヨレのスーツにぼさぼさの髪。

お昼は片手で頬張りながら仕事ができるコンビニのパンかおにぎりばかり。社内にお昼を一緒にするほど仲のいい人はいない。

誰かと交流する時間は、この会社のほとんどの社員にないのだ。

これが社会人三年目穂積柴乃(ほずみしの)の現実だ。

あれ、どこで道を間違えたかな??と首をかしげる鏡の向こうの自分は、かなり疲れたような様子だった。

といっても、疲れたから許してくれる会社ではない。

気合を入れなおして自分のデスクへと戻るとパソコンと睨めっこをし、なんとか資料を完成させた。
我ながらいい出来だと自分を褒める。

できた資料を上司に提出し、別の仕事にとりかかった。デスクにおいてあるブラックコーヒーを飲みつつ、キーボードをたたくスピードを上げる。

今日は帰りにコンビニによって、ビールと焼き鳥缶買って帰ろ。

仕事終わりのビールは最高にうまい。金色に輝くビールを想像し、顔がほころぶ。おっといけない、仕事中だった。

上司の怒鳴り声をBGMに、素早く仕事をさばいていく。今日は残業を少しでも短くして、私は何としてでも帰る!!そしてビールを飲む!!

目標を掲げ、仕事に打ち込むこと数時間。

外はもうすでに真っ暗で、時刻はもうすぐ十一時。オフィスの中には疎らだが、私のように残っている人もいる。

ちなみに、日中怒鳴り散らかしていた薄らハゲ上司はとっくの昔に退勤している。知りたくはなかったが、奥さんと今夜はディナーデートだそうだ。

誰も聞いてないのに、自慢げにそう話して帰っていった。

どうでもいいからはよ帰れやと思ったのはきっと私だけではないと思う。

パソコンの電源を落とし、残っている人に声を一言かけて、オフィスをでる。会社の外に出れば、真っ暗な空に真ん丸な月が輝いていた。

今日は満月なんだなぁ……。

なんだかいつもよりも距離が近いような大きな月から視線をそらし、愛しのビールと焼き鳥缶をGETするべくコンビニに駆け込んだ。