愛実のお母さんから電話をもらった後、俺はすぐさま会社を飛び出した。
タクシーを拾って、運転手のおじさんに愛実が入院している病院名を告げる。
「なるほど。つまりは私の腕の見せ所ってことですね」
運転手のおじさんは車をガンガン飛ばしてくれる。どうしても出産には立ち会いたい。予定より二週間も早くこの日がやってくるなんて思わなかった。愛実のお母さんと、看護師になった莉子がついているとはいっても、やはり心配だ。
「あと五分で着きます」
「ありがとうございます」
落ち着け俺。
ふぅと息を吐き出すと、不意にあの日のできごとたちが順繰りによみがえってきた。
あの時があったからこそ、俺たちは今、こうしていられる。
ちなみに、愛実の母親とのわだかまりはすっかり解消していた。
ゆちあが夜空に消えた日の夜、俺たちはすぐに愛実の母親のもとを訪ね、二人で頭を下げた。
そこで愛実はしっかりと自分の夢を語っていたし、俺は俺で、きっちりとこれまでのことを謝罪し、これからのことについて熱弁した。
それが愛実の母親に響いたのかどうかは今もわからない。
だって、愛実の母親の態度が決定的に変わったのは、夢見くんが謝罪しに行った後だから。
その時の様子を愛実は俺にこう語ってくれた。
「さっき夢見くんが来てね、土下座して、今までのこと全部お母さんに謝罪したの。俺が全部仕組んだんですって。で、それから私と智仁がどれだけ素敵な人間かをお母さんが『もういいわ』って呆れて笑い出すまで、永遠と語ってくれたの」
俺は本当の夢見賢太郎に出会えた気がして、すごく嬉しくなった。
そして、夢見くんの謝罪から一週間後。
「私も意地を張っていたのね。娘がそこにいるだけで嬉しかったのに、いつしかその気持ちを忘れてしまった。ごめんなさい。智仁くんにも酷いことを言ったわ」
愛実の母親は、わざわざ俺の家にまで来て謝罪してくれた。その時のお義母さんの笑顔を俺は一生忘れない。
「着きましたよ!」
病院のロータリーでタクシーが停車する。
ああ、ようやく産まれるんだな。
ずっとずっと、この瞬間を待っていた。
待ち望んでいた。
「ありがとうございます! おつりはいいですから!」
俺は財布から取り出していた五千円をポンとおいて、急いでタクシーを飛び出した。
「藤堂さん! こっちです!」
「はい!」
俺の到着を病院のロビーで待ってくれていた年配の看護師さんの後を追って、愛実の元へ急ぐ。
ああ、緊張してきた。
産まれてくる赤ちゃんに、まずなんと声をかけよう。
頑張ってくれている愛実に、なんと声をかけて励まそう。
わからない。
決まっていない。
だけど、愛実がそばにいてほしいと言っていたのだから、俺は愛実のそばにいなきゃいけない。
産まれてくる子供の名前だけは、もうすでに決まっているけどね。
「愛実!」
分娩室に入った俺は、あの時俺たちの手を結んでくれた誰かのことを思い出しながら、愛実の手をぎゅっと握った。
~完~
タクシーを拾って、運転手のおじさんに愛実が入院している病院名を告げる。
「なるほど。つまりは私の腕の見せ所ってことですね」
運転手のおじさんは車をガンガン飛ばしてくれる。どうしても出産には立ち会いたい。予定より二週間も早くこの日がやってくるなんて思わなかった。愛実のお母さんと、看護師になった莉子がついているとはいっても、やはり心配だ。
「あと五分で着きます」
「ありがとうございます」
落ち着け俺。
ふぅと息を吐き出すと、不意にあの日のできごとたちが順繰りによみがえってきた。
あの時があったからこそ、俺たちは今、こうしていられる。
ちなみに、愛実の母親とのわだかまりはすっかり解消していた。
ゆちあが夜空に消えた日の夜、俺たちはすぐに愛実の母親のもとを訪ね、二人で頭を下げた。
そこで愛実はしっかりと自分の夢を語っていたし、俺は俺で、きっちりとこれまでのことを謝罪し、これからのことについて熱弁した。
それが愛実の母親に響いたのかどうかは今もわからない。
だって、愛実の母親の態度が決定的に変わったのは、夢見くんが謝罪しに行った後だから。
その時の様子を愛実は俺にこう語ってくれた。
「さっき夢見くんが来てね、土下座して、今までのこと全部お母さんに謝罪したの。俺が全部仕組んだんですって。で、それから私と智仁がどれだけ素敵な人間かをお母さんが『もういいわ』って呆れて笑い出すまで、永遠と語ってくれたの」
俺は本当の夢見賢太郎に出会えた気がして、すごく嬉しくなった。
そして、夢見くんの謝罪から一週間後。
「私も意地を張っていたのね。娘がそこにいるだけで嬉しかったのに、いつしかその気持ちを忘れてしまった。ごめんなさい。智仁くんにも酷いことを言ったわ」
愛実の母親は、わざわざ俺の家にまで来て謝罪してくれた。その時のお義母さんの笑顔を俺は一生忘れない。
「着きましたよ!」
病院のロータリーでタクシーが停車する。
ああ、ようやく産まれるんだな。
ずっとずっと、この瞬間を待っていた。
待ち望んでいた。
「ありがとうございます! おつりはいいですから!」
俺は財布から取り出していた五千円をポンとおいて、急いでタクシーを飛び出した。
「藤堂さん! こっちです!」
「はい!」
俺の到着を病院のロビーで待ってくれていた年配の看護師さんの後を追って、愛実の元へ急ぐ。
ああ、緊張してきた。
産まれてくる赤ちゃんに、まずなんと声をかけよう。
頑張ってくれている愛実に、なんと声をかけて励まそう。
わからない。
決まっていない。
だけど、愛実がそばにいてほしいと言っていたのだから、俺は愛実のそばにいなきゃいけない。
産まれてくる子供の名前だけは、もうすでに決まっているけどね。
「愛実!」
分娩室に入った俺は、あの時俺たちの手を結んでくれた誰かのことを思い出しながら、愛実の手をぎゅっと握った。
~完~