今日は日曜日。
天気は快晴。
俺は愛実とゆちあと一緒に遊園地にやってきていた。
園内を歩きながら、遊園地なんていつぶりだろう、と考えるが全く思い出せない。
両親に連れていってもらった記憶はないし、愛実とつき合っている時だって一度も行かなかった。
一緒に勉強することだけがデートだったから仕方ないね。
「おとーさん! おかーさん! 次これ乗ろうよ! ジェットコースター」
「わかったから一人で行くなよ。迷子になるぞ」
そんな俺が、低速で移動するだけのメリーゴーラウンドに乗ったり、無駄に濡れるだけのウォータースライダーに乗ったり、ただ早く動くだけのジェットコースターに乗ったりする日がくるなんて。
本当に驚きだ。
そのどれもが本当に楽しかった。
ウォータースライダーもジェットコースターも、ゆちあが乗れる子供用のしょぼいアトラクションだったにもかかわらず、俺は心の底から楽しんでいた。
隣でゆちあがはしゃいでいるだけで、愛実が笑っているだけで、俺も笑顔になれる。
ゆちあの左手を俺、右手を愛実が握って、三人並んで遊園地内を歩いているだけでも楽しかった。
本当の楽しさやおいしさは、それを証明してくれる他人がいて、初めて知ることができる。
みんなで遊園地に行きたい! と言ってくれたゆちあに感謝しなければいけない。
「おとーさん、おかーさん。街がこんなに小さいよぉ」
今、俺たちは観覧車に乗っている。
もうすぐ頂上だ。
ゆちあは眼下に広がるジオラマのような街並みを見下ろしながら、目をキラキラと輝かせている。
「そうだねぇ。あ、あっちの方が私たちの家かなぁ」
愛実が指さしている場所は、彼女の実家ではなく俺の家だ。
それを愛実が、『私たちの家』と呼んでいる。
まあ、どうでもいいけど。
「え? どこだよ、俺たちの家は?」
俺もゆちあと愛美の会話に混ざることにする。三人でいると話が尽きないし、すごく自然体でいられる。この幸せがずっと続けばいいのにと、ありえない未来を想像してしまった自分にちょっとだけ辟易した。
「あっ! あれっ!」
観覧車を下りた後、ゆちあのテンションが急上昇する。
彼女が指さしている先には、乗る前に強制的に撮らされた写真を無駄に高い値段で販売している、通称ぼったくりテント(完全に個人の見解です)がある。
ったくほんとに思い出ってやつは便利な代物だなぁ。
「写真できてるみたい! 行こうよ。おとーさん、おかーさん」
にかっと笑うゆちあに手を引っ張られる。テントの中でよいしょとゆちあを抱きかかえると、女性販売員がタブレットの画面をゆちあに向けた。
この女店員、説得すべき人がわかっている。……できる奴だ!
「お嬢ちゃん。お待ちしておりました。すごくいい写真が撮れていますよ」
「うわぁ……」
ゆちあの感嘆の声につられて、俺もタブレット画面をちらりと見る。
遠慮がちに笑う俺と、少しだけ前かがみになって微笑む愛美の間に、全力笑顔でダブルピースをしているゆちあが写っていた。
「ステキな家族写真ですね」
「ははは、そうです、か」
俺は適当に相槌を打つことしかできなかった。『家族写真』という店員の言葉を聞いた瞬間、目の奥がつんとし始め、うまく瞬きができなくなったのだ。
「親子三人、すごくステキな笑顔ですよ」
そうか。
他人から見ると、これは家族写真に見えるのか。
俺たちは家族に見えるのか。
「お子さんもすごく可愛いです。口元はお母様にそっくりですし、目元はお父様に似ています。ご両親のいい部分を受け継いだんですね」
「そ、そうですかねぇ」
背中から冷や汗が噴き出してきた。
目元が俺に似ている?
たしかにそんな気がしなくもないが、まあ、いわゆる買わせるためのセールストークというやつだろう。
子供にはお世辞と本気の区別はつかないからな。
褒めれば褒めるほど調子に乗る。
「そんなに私たちに似てますか?」
おいおいなんで愛実の方が本気で照れてんだよ! セールストークに決まってんだろ!
「はい。この写真を見れば、誰だって仲睦まじい家族写真だと思うはずです」
「やっぱりバレますか」
にやけ顔の愛実がちらりとこちらを見て、「家族写真だって」と俺の脇腹を肘でぐりぐりとしてくる。
おい、俺今ゆちあ抱きかかえてんだぞ!
くすぐったいからやめてくれ!
ってか愛実って意外とおバカ?
「ねぇおとーさん。ゆちあこれほしい。買って」
抱きかかえていたゆちあが顔を上に向けてねだってくる。その目には、買わないともっともーっと駄々こねちゃうぞ! とくっきりはっきり書かれていた。
「そんなにほしいのか?」
「うん! 一生の宝物にしたい!」
元気よく頷くゆちあ。
宝物、か。
そんな目で見られたら、買わないわけにはいかないじゃないか。
「しょうがないなぁ。じゃあ買うか」
「いいの? おとーさんありがとう!」
「えっ? 買うの?」
目をぱちくりとさせた愛実が、驚きの声をあげる。
なんで愛実が驚いてんだよ。
お褒めの言葉は素直に受け取るけど、買うかどうかは別問題って考えるしっかりものだったのね。ごめんなさいおバカなんて思って。あなたはできる妻になりそうです。
「これくらい別にいいだろ。なぁ、ゆちあ」
「おとーさんの言う通りっ!」
ゆちあがくいっとサムズアップする。
「それにおかーさんも、本当はほしいんでしょ?」
「えっ?」
「だってすごく嬉しそうに写真見てたんだもん」
「そんなことっ!」
愛実の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
「恥ずかしがらなくていいのに。おかーさんは嘘が下手だなぁ」
ゆちあの純粋な指摘に、愛実も観念したようだ。
「そうね。実はおかーさんもほしいなぁって思ってたの」
「でしょ?」
「ゆちあにはばれてたかぁ」
「当然! だっておかーさんはゆちあのおかーさんだもん」
「ありがとう、ゆちあ」
愛実がゆちあの頭をなでる。続けて俺にも笑みを向けた。
「智仁もありがとう。嬉しい」
しみじみと噛みしめるような言葉で感謝され、皮膚の内側がこそばゆくなった。別にお前のためじゃねぇ。ただ。
「ゆちあがほしがってるからだよ」
目を上へ逸らしながら、あくまでもそれが理由だと念を押しておく。
「すみません。これ、いくらですか?」
「七百円です。せっかくでしたらフォトフレームもご一緒にいかがですか?」
結局、その店員のセールストークにのせられて、写真の他に観覧車を模したフォトフレームも購入することになってしまった。
「おとーさんありがとう。それ、ゆちあが持つね」
「おお。偉いなぁゆちあは」
購入した写真とフォトフレームが入った紙袋をゆちあに渡す。
ゆちあはそれを大事そうに抱きかかえた。
「だってこれは、おとーさんとおかーさんとゆちあの、初めての家族写真ってやつだもんねー」
ゆちあの嬉しそうな声が鼓膜を優しく揺らしている。
俺は遊園地の床に落ちた、並んでいる三つの影を見つめて、小さく息を吐いた。
家族、写真。
もし、もしも愛実とゆちあと、三人で本当の家族になれたとしたら。
俺の劣等感なんて、プライドなんて、些細なものじゃないか?
俺は愛美とゆちあと、本当の家族になりたいんじゃないのか?
――すべてがわしから離れた今なら、本当に大切だったものがなにかわかる気がするんじゃ。
公園で出会ったおじいさんの言葉が脳裏をよぎった。
「ゆちあ、これ、ずっとずーっと大事にするねっ」
ゆちあのその言葉は、俺の心に突き刺さった。
さっきはありもしない未来と思ったが、本当にそうなのだろうか。
たしかに一度、俺は劣等感から愛実の手を離してしまったが、今こうして愛実と一緒に遊園地に来ることができている。
だったら、もう一度その手を掴むことはできるんじゃないだろうか。
ってなにを考えてんだ。
ゆちあは誘拐された子供だ。
本当の家族になれるわけなどない。
でも、愛実とゆちあと本当の家族になれたら……という叶わぬ願望を持つことくらい許してくれたっていいと思う。
「帰ったら、その写真リビングに飾ろうな」
「うん!」
元気良く返事をしたゆちあを見て、この子のことを愛おしく思う気持ちがまた高まったのを実感する。
と同時に、ゆちあを愛おしく思う感情が爆発した時、自分がどんな行動をとるのかと考えると、少しだけ怖くなった。
天気は快晴。
俺は愛実とゆちあと一緒に遊園地にやってきていた。
園内を歩きながら、遊園地なんていつぶりだろう、と考えるが全く思い出せない。
両親に連れていってもらった記憶はないし、愛実とつき合っている時だって一度も行かなかった。
一緒に勉強することだけがデートだったから仕方ないね。
「おとーさん! おかーさん! 次これ乗ろうよ! ジェットコースター」
「わかったから一人で行くなよ。迷子になるぞ」
そんな俺が、低速で移動するだけのメリーゴーラウンドに乗ったり、無駄に濡れるだけのウォータースライダーに乗ったり、ただ早く動くだけのジェットコースターに乗ったりする日がくるなんて。
本当に驚きだ。
そのどれもが本当に楽しかった。
ウォータースライダーもジェットコースターも、ゆちあが乗れる子供用のしょぼいアトラクションだったにもかかわらず、俺は心の底から楽しんでいた。
隣でゆちあがはしゃいでいるだけで、愛実が笑っているだけで、俺も笑顔になれる。
ゆちあの左手を俺、右手を愛実が握って、三人並んで遊園地内を歩いているだけでも楽しかった。
本当の楽しさやおいしさは、それを証明してくれる他人がいて、初めて知ることができる。
みんなで遊園地に行きたい! と言ってくれたゆちあに感謝しなければいけない。
「おとーさん、おかーさん。街がこんなに小さいよぉ」
今、俺たちは観覧車に乗っている。
もうすぐ頂上だ。
ゆちあは眼下に広がるジオラマのような街並みを見下ろしながら、目をキラキラと輝かせている。
「そうだねぇ。あ、あっちの方が私たちの家かなぁ」
愛実が指さしている場所は、彼女の実家ではなく俺の家だ。
それを愛実が、『私たちの家』と呼んでいる。
まあ、どうでもいいけど。
「え? どこだよ、俺たちの家は?」
俺もゆちあと愛美の会話に混ざることにする。三人でいると話が尽きないし、すごく自然体でいられる。この幸せがずっと続けばいいのにと、ありえない未来を想像してしまった自分にちょっとだけ辟易した。
「あっ! あれっ!」
観覧車を下りた後、ゆちあのテンションが急上昇する。
彼女が指さしている先には、乗る前に強制的に撮らされた写真を無駄に高い値段で販売している、通称ぼったくりテント(完全に個人の見解です)がある。
ったくほんとに思い出ってやつは便利な代物だなぁ。
「写真できてるみたい! 行こうよ。おとーさん、おかーさん」
にかっと笑うゆちあに手を引っ張られる。テントの中でよいしょとゆちあを抱きかかえると、女性販売員がタブレットの画面をゆちあに向けた。
この女店員、説得すべき人がわかっている。……できる奴だ!
「お嬢ちゃん。お待ちしておりました。すごくいい写真が撮れていますよ」
「うわぁ……」
ゆちあの感嘆の声につられて、俺もタブレット画面をちらりと見る。
遠慮がちに笑う俺と、少しだけ前かがみになって微笑む愛美の間に、全力笑顔でダブルピースをしているゆちあが写っていた。
「ステキな家族写真ですね」
「ははは、そうです、か」
俺は適当に相槌を打つことしかできなかった。『家族写真』という店員の言葉を聞いた瞬間、目の奥がつんとし始め、うまく瞬きができなくなったのだ。
「親子三人、すごくステキな笑顔ですよ」
そうか。
他人から見ると、これは家族写真に見えるのか。
俺たちは家族に見えるのか。
「お子さんもすごく可愛いです。口元はお母様にそっくりですし、目元はお父様に似ています。ご両親のいい部分を受け継いだんですね」
「そ、そうですかねぇ」
背中から冷や汗が噴き出してきた。
目元が俺に似ている?
たしかにそんな気がしなくもないが、まあ、いわゆる買わせるためのセールストークというやつだろう。
子供にはお世辞と本気の区別はつかないからな。
褒めれば褒めるほど調子に乗る。
「そんなに私たちに似てますか?」
おいおいなんで愛実の方が本気で照れてんだよ! セールストークに決まってんだろ!
「はい。この写真を見れば、誰だって仲睦まじい家族写真だと思うはずです」
「やっぱりバレますか」
にやけ顔の愛実がちらりとこちらを見て、「家族写真だって」と俺の脇腹を肘でぐりぐりとしてくる。
おい、俺今ゆちあ抱きかかえてんだぞ!
くすぐったいからやめてくれ!
ってか愛実って意外とおバカ?
「ねぇおとーさん。ゆちあこれほしい。買って」
抱きかかえていたゆちあが顔を上に向けてねだってくる。その目には、買わないともっともーっと駄々こねちゃうぞ! とくっきりはっきり書かれていた。
「そんなにほしいのか?」
「うん! 一生の宝物にしたい!」
元気よく頷くゆちあ。
宝物、か。
そんな目で見られたら、買わないわけにはいかないじゃないか。
「しょうがないなぁ。じゃあ買うか」
「いいの? おとーさんありがとう!」
「えっ? 買うの?」
目をぱちくりとさせた愛実が、驚きの声をあげる。
なんで愛実が驚いてんだよ。
お褒めの言葉は素直に受け取るけど、買うかどうかは別問題って考えるしっかりものだったのね。ごめんなさいおバカなんて思って。あなたはできる妻になりそうです。
「これくらい別にいいだろ。なぁ、ゆちあ」
「おとーさんの言う通りっ!」
ゆちあがくいっとサムズアップする。
「それにおかーさんも、本当はほしいんでしょ?」
「えっ?」
「だってすごく嬉しそうに写真見てたんだもん」
「そんなことっ!」
愛実の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
「恥ずかしがらなくていいのに。おかーさんは嘘が下手だなぁ」
ゆちあの純粋な指摘に、愛実も観念したようだ。
「そうね。実はおかーさんもほしいなぁって思ってたの」
「でしょ?」
「ゆちあにはばれてたかぁ」
「当然! だっておかーさんはゆちあのおかーさんだもん」
「ありがとう、ゆちあ」
愛実がゆちあの頭をなでる。続けて俺にも笑みを向けた。
「智仁もありがとう。嬉しい」
しみじみと噛みしめるような言葉で感謝され、皮膚の内側がこそばゆくなった。別にお前のためじゃねぇ。ただ。
「ゆちあがほしがってるからだよ」
目を上へ逸らしながら、あくまでもそれが理由だと念を押しておく。
「すみません。これ、いくらですか?」
「七百円です。せっかくでしたらフォトフレームもご一緒にいかがですか?」
結局、その店員のセールストークにのせられて、写真の他に観覧車を模したフォトフレームも購入することになってしまった。
「おとーさんありがとう。それ、ゆちあが持つね」
「おお。偉いなぁゆちあは」
購入した写真とフォトフレームが入った紙袋をゆちあに渡す。
ゆちあはそれを大事そうに抱きかかえた。
「だってこれは、おとーさんとおかーさんとゆちあの、初めての家族写真ってやつだもんねー」
ゆちあの嬉しそうな声が鼓膜を優しく揺らしている。
俺は遊園地の床に落ちた、並んでいる三つの影を見つめて、小さく息を吐いた。
家族、写真。
もし、もしも愛実とゆちあと、三人で本当の家族になれたとしたら。
俺の劣等感なんて、プライドなんて、些細なものじゃないか?
俺は愛美とゆちあと、本当の家族になりたいんじゃないのか?
――すべてがわしから離れた今なら、本当に大切だったものがなにかわかる気がするんじゃ。
公園で出会ったおじいさんの言葉が脳裏をよぎった。
「ゆちあ、これ、ずっとずーっと大事にするねっ」
ゆちあのその言葉は、俺の心に突き刺さった。
さっきはありもしない未来と思ったが、本当にそうなのだろうか。
たしかに一度、俺は劣等感から愛実の手を離してしまったが、今こうして愛実と一緒に遊園地に来ることができている。
だったら、もう一度その手を掴むことはできるんじゃないだろうか。
ってなにを考えてんだ。
ゆちあは誘拐された子供だ。
本当の家族になれるわけなどない。
でも、愛実とゆちあと本当の家族になれたら……という叶わぬ願望を持つことくらい許してくれたっていいと思う。
「帰ったら、その写真リビングに飾ろうな」
「うん!」
元気良く返事をしたゆちあを見て、この子のことを愛おしく思う気持ちがまた高まったのを実感する。
と同時に、ゆちあを愛おしく思う感情が爆発した時、自分がどんな行動をとるのかと考えると、少しだけ怖くなった。