俺と莉子は、ソファに隣同士で座っていた。

「とまあ、ざっくり説明するとそういうことだ」

 説明を終えても、莉子はローテーブルに視線を落としたまま微動だにしなかった。

 ゆちあと愛美はキッチンで二人、楽しそうに晩ご飯の準備をしている。

「信じられないのはわかるし、よくないことをしてるってのもわかってるんだ」

 俺はちらりとキッチンの方を見てから、肩を竦める。

「でもこうしてここにゆちあがいる。俺たちのことをおとーさん、おかーさんって呼ぶくらい本当の両親から愛情を注いでもらえていない。そんな子、放っておけないだろ?」

 莉子は固まったままだが、気にせず俺は続ける。

「だから莉子にも協力してほしいんだ。俺たちだけじゃ不安っていうか、きっとどうにもならないこともあると思うから、頼む」

「ゆちあ」

 莉子がそう言いながら顔を上げる。

 物事の核心に切り込むような、重い声だった。

「あの子の名前は、誰が言い出したの?」

 え? 今それを気にする必要あるか?

「あいつの本当の両親がそう名づけたんじゃねぇの?」

「じゃあつまり、ゆちあって子があなたたちの前に現れて、二人で育ててるんだ」

「端的に言うとな。いつまでもこんなこと続けられるとは思ってないけど、でも今はゆちあのために動きたいっていうか」

「ねぇ、智仁」

 莉子は一度キッチンの方を見てから、俺に顔を近づける。

「ゆちあちゃんのこと、誘拐って、本当に信じてるの?」

「は?」

 なんだその質問は。

「それはつまり、愛実が嘘をついてるってことか?」

 莉子はゆっくりと頷いた。

「それはありえないだろ。なんでわざわざ誘拐なんて、自分が犯罪者だと誤解されるような嘘をつく必要があるんだよ。他に理由があるなら、そんな嘘つかないで正直に話すだろ」

「誘拐だって嘘をつくほど、その正直な理由に現実味がないとしたら? 言っても到底信じてもらえないほど、滑稽な理由だとしたら?」

「女子高生が子供を誘拐って話も、聞いた当初はだいぶ現実味がないって思ったけどな」

 ちょっと考えが飛躍しすぎじゃないか? と思う。

 ただ、莉子の顔は真剣そのもの。

 からかっているわけではなさそうだ。

「じゃあ莉子はどんな可能性を考えてんだよ?」

「それは……なんにも考えてないけど」

「考えてないんかい」

「でも」

 少しだけ声を張った莉子は、小さく息を吐いてから続けた。

「私にも、到底信じられないほどの、滑稽なことが起こってるの」

「いい加減具体的に話せ。剥いても剥いても中身が出てこないゆで卵と格闘してる気分だわ」

「じゃあ信じるって約束してよ」

 胸に手を当てて、なにかに怯えているかのような切実な瞳で見つめてくる莉子。

 なんだよその目は。

「まさか、莉子にも子供が?」

「そうじゃなくて、別の不思議なこと」

「だからもう殻を剥くのは飽きてるんだって」

「死者の声が聞けるようになったの」

「……すまん。剥き終えたら卵じゃなくてひよこがでてきました! って気分だわ」

 なんか自分でもわけわからないたとえツッコみをした気がするなと思った。

 やっぱりからかってるのか?

「本当だってば。死者と会話できる能力。織田信長でも、坂本龍馬でも、本当の本当に身近な……愛美のお父さんとかでもね。すごく疲れるから一日一回が限度だけど」

 心臓がどくりと大きく脈打った。

 愛実のお父さんとかでもね。

 その言葉が、俺の心を蝕んでいく。