――リンナでの猫と愛憎入り乱れる日々から、約数ヶ月のドタバタの月日が過ぎた。

 随分遠くまで来ちまったな……。やっとこの日が来たぜ……。

 大聖堂の祭壇の前にはハゲた司祭様が立っている。正直、背後のステンドグラスから差し込む日光よりも、頭皮への反射が眩しいんだけれども、祝福してくれるのだからこの際何も言うまい。

 私はニヤニヤしながら自分のドレスの裾を見下ろした。ふりふりのフリルがとっても可愛い。そう、今日はアトス様と私の結婚式だ。大事なことだから二度言うけど、アトス様と、私の、結婚式だ!

 カレリアの花嫁衣装は真っ白ではないんだよね。華やかな色なら何でもいいと聞いたので、大好きな明るいピンクにしてみた。

 だって一生に一度の結婚式だものっ……! 前世じゃ到底無理だった色を試したかったっ……! それに、例え前世じゃなくても、ロリータ入ったピンクのドレスは十代限定っ……! 二十五以降は肌年齢が許さない究極の選択っ……! 今、この時しかニャいのだっ……!

 隣に立つアトス様は魔術団の正装だ。体に沿う銀糸入りの漆黒のローブが素敵で、惚れ惚れとして見上げてしまう。

 アトス様は結婚式が終わったら、魔術師団総帥に就任するのだそうだ。クラウス様がそろそろ引退したいと言ったので、身を固めたのを機会に覚悟も決めたらしかった。

 二十代の総帥はカレリア史上初。正直、おっさんでも難しかっただろうと、おっさん自身が言っていた。

『アトス君は私よりずっと魔力が強いねえ。いやいや、将来が楽しみだ~!』

 そんなおっさんは今日親戚の一人に変装して、お義母さんを抱っこして式に出席してくれている。

 「魔術師ヴァルト」はカレリアでは死んだことになっている。今更出て来たところで混乱のもとにしかならないし、そのまま死んだことにしておくのだと言っていた。もう政治や派閥からは離れて静かに暮らしたい――そんなお義母さんの希望に沿ったかたちでもあった。

 ところで現在、このバカップルは私の実家の貸家の隣に住んでいる。うちの飼い猫だったお義母さんが、そこから離れるのを嫌がったからだ。

 アトス様と私は初めはおっさん、お義母さん、私の家族をまとめて猫屋敷に引き取るつもりでいた。部屋は有り余っているし、まあ多少個性はあるものの、あんなに豪華なお屋敷なんだから、皆喜んで引っ越すと思っていたのだ。ところが、全員が揃って首を振ってこう答えた。

『そりゃデカくてキレイなお屋敷だけど、ヤダ。広すぎてコワいもん。狭いところの方が落ち着く』

 ……どう考えても猫視点だった。

 と言うわけで、二家族は現在互いの家を頻繁に行き来し、ほぼ毎日一緒にご飯を食べて、時にはお義母さんの奪い合いをしているみたいだ。特におっさんとユーリが大人げないタイマンを繰り広げているらしい。時折そこにお忍びで遊びに来た陛下が乱入してくるのだそうだ。平和な戦いなので私は止める気はまったくなかった。

 ちなみに、出席者は私たちの家族、親族、知人、友人だけではない。なんと、陛下とマリカ様、リンナのどM王太子もいたりする。マリカ様は一ヶ月前どM王太子と電撃的に婚約した。……そう、あの二人はなんと婚約したのだ! というわけで、二人の席は隣同士になっていた。

 どM王太子は地下牢でマリカ様に一目ぼれしており、それだけではなくマリカ様と一緒にいると、「今まで知らなかった自分」を発見できて、もうこんな女性は二度と現れないと感激したらしい。あの後陛下に正式に結婚の申し込みがあり、マリカ様も二つ返事だったので、政略的にも好ましいと言うことで、あっさり婚約の運びとなった。

 あんなにアトス様に夢中だったのに、本当にそれでいいのかと思ったけれども、マリカ様は「うん、諦めついたしね」とすっきりした顔をしていた。

『それに、あの豚が這いつくばっているのを見ると、爪先からゾクゾクして、とんでもなく興奮するのよね』

 ……色んな意味で相性がぴったりらしかった。

 マリカ様は半年後にリンナにお嫁に行くことになる。その時には私たち夫婦が列席者になるだろう。

 ところで、どM王太子とマリカ様が結婚してから数年後、リンナでは「豚になる」が「夫婦仲がいい」、という意味の慣用句になるのだけれども、それはまた別の話になるので割愛する。

――司祭様が微笑みながら手を掲げた。

「では、首輪の交換と口づけを」

 猫族の伝統では指輪ではなく首輪の交換になる。アトス様もこれから毎日首輪をつけて出勤するの……?、と冷や汗をかいたことは内緒にしておこう。世の中の多少のバグは笑って見過ごすのが、人としても猫としても楽しく生きるコツよ!

 こうして無事に結婚式を終えた私たちは、猫屋敷でのどんちゃん騒ぎの披露宴を終え、皆が寝入った後で初夜を迎えた。もうさんざんニャンニャンしてきたので、今更初夜なのかと突っ込まれそうだけど、とにかく初夜だったら初夜なのだ!

 私は勧められて先にお風呂に入った後で、スッケスケのネグリジェを着てベッドに腰掛け、アトス様が来るのをドキドキしながら待っていた。スケベタイムに突入するのが楽しみだったからではない。

 打ち明けなければならないことがあったからだ。

 お義母さんは私が普通ではないと気付いていた。なら、きっとアトス様も薄々何か感じているだろう。だったら、バレるのを怯えて待つくらいなら、異世界での前世の記憶があることを、自分からちゃんと話しておきたいと思った。

 一体どう取られるのだろう。

 頭がおかしくなったと思われるか、あるいはドン引きされるか。何せ、人生経験は今世と合わせて約五〇年分。アトス様の約二倍で、お義母さんより長いものね……。

 不安に溜め息を吐いたところで、ガウン姿のアトス様が姿を現す。

「いいお湯でした。一仕事した後の入浴は格別ですね」

 ランプの明かりに照らし出されたアトス様は、相変わらず色気の戦闘力がフリー〇様並みの五十三万はあった。ゆっくりと私の隣に腰掛け、顔を覗き込んで来る。眼鏡越しではないタンザナイト色の瞳に吸い込まれそうになった。

「アイラ……」

「あ、あの、アトス様、ちょっと待ってください! その……打ち明けたいことがあるんです」

 雰囲気にのまれる前にと慌てて話を切り出す。

「打ち明けたいこと? なんだい?」

「私自身のことです。今だけではなく、ずっと昔からの、私になる前からの私……」

 三上愛良が生まれて生きて死ぬまでを語り始める。全然冴えないモテない運が悪いの、三重苦の社畜OL人生だった。でも、愛良だって一生懸命頑張って生きていたのだ。それだけは否定したくはなかった。自分だけは認めてあげたかった。

「私には、地球の日本という国で生きた記憶があるんです……」