――私はミルヤ。

 猫族の純血種の一族、誇り高きペルシャン族最後のいっぴ……一人にして長の一人娘。

 ペルシャン族は猫族と長毛種であることにこだわり、数百年間深い森に籠もって外の血を入れなかったの。だから、血が濃くなったんでしょうね。なかなか子猫……子どもが生まれなくなっていた。生まれても体が弱くて、長く生きられない子が多かったわ。私たちは年ごとに生息数……人口を減らしていった。

 その上二十八年前、私たちが住んでいた森が一晩で洪水に飲まれ、一族はたまたま外に出ていた私を残して全滅してしまったのでも、洪水がなくてもペルシャン族は滅んでいたと思う。早いか、遅いかの違いでしかなかった。

 私は突然独りぼっちになって途方に暮れたわ。森での暮らししか知らなかったから。でも、水に浸かった地に住めるはずもなく、尻尾……後ろ髪を引かれながらも故郷を離れるしかなかった。

 人間の世界は恐ろしいところだった。猫の姿でも人間の姿でも、「キャー、可愛い!」「うおっ、美女だ!」と感動されて、連れ去られそうになるんだもの。私は見ず知らずの誰かに触れられたくはなかった。飼い猫になるのも妻になるのも愛人になるのも冗談じゃなかった。私は私のものでありたかった。自由でいたかったの。

 だから、王都へ向かってカレリア国王に保護を求めた。ペルシャン族には代々、「危機に陥った時には国王に保護を求めよ」、という口伝があったから。

 純血種の猫族とは初対面だったみたいで、当時の陛下はそれは驚いていらしたわ。その時までまったく知らなかったんだけど、世界にはもう純血種どころか、変身できる獣人すら少なくなっていて、私は貴重な存在になっていたから。特に猫族のメス……女性は男性の垂涎の的になっているそうだった。陛下は「先祖代々からの獣人との約束だから」、と私を快く保護してくださった。

 陛下は猫の私を撫でて感動されていた。なんでも、陛下は獣人ではない普通の猫に触ると、体中にブツブツが出て痒くなるそうなの。「大の猫好きなのにこんな体質ひどい」と、臣下から飼い猫自慢をされるたびに、夜ベッドの中でハンカチを噛み締めていたらしいわ。けれども、獣化した私なら大丈夫だった。

 陛下は私をそれは可愛がってくださった。文字通り猫的な意味で。私が陛下の前で人間の姿になったのは一、二回かしらね。でも、人間の私にはまったく興味がないみたいだった。

 陛下は膝の上に私を載せてモフりながら、時々うっとりと顔を埋めて吸っていたわ。私もこんなに大切にしてくださるのなら、ずっと猫のまま、陛下の飼い猫になるのも悪くはないかと思い始めていた。

 でも、私はヴァルトに出会ってしまったの。

 初めて彼を見た時には男のくせに髪が長くて、なんだかオタクっぽくてキモイ奴だと思ったわ。媚び媚びの態度も餌……食べ物も気に入らなかった。だから、ツンとした態度を取ったの。

 でも、王宮でまた口説かれたある日、体に雷のようなものが走った。その時は私は発情期を迎えていた。でも、今までピンとくるオス……男性がいなくて、本能が反応したことはなかった。でも、ヴァルトに対しては一発交尾したい……じゃなくて、この人の子どもが産みたいと思ったの。だから、ちょっと焦らした後でプロポーズを受けた。

 陛下にヴァルトと婚約したと報告すると、陛下は涙目でこう聞いて来たわ。

「ヴァルトと結婚するっていうことは、私はもう君をモフモフできないの?」

 ヴァルトは戦争で大活躍してカレリアを大国に押し上げた英雄。陛下とは小さな頃からの親友でもあった。さすがに英雄で親友の人妻をどうこうしようとは思えなかったみたいね。それに、ヴァルトも結構な焼きもち焼きで、私が猫であろうと人間であろうと、他の男……どころか他の誰かに触られるのが嫌だと言っていたから。

 陛下はメソメソしながらも最後には「わかった……」と頷いた。でも、唯一触れる私……と言うか猫を諦め切れなかったんでしょうね。結婚式の一ヶ月前になってヴァルトを呼び出し、「どうか週一でいいから私を貸してくれ」と頼み込んだそうなの。ヴァルトはその頼みを突っ撥ねて、私を連れてカレリアを出ることを決意した――