翌朝、アトス様と私は仲良く一緒に目が覚め、私は猫の姿に変身して念入りにブラッシングされた後で、人間に戻って身支度を整えてユーリを迎えに行った。

 ユーリは昨日試験を終えた後で、アトス様の部下にご飯を食べさせてもらい、用意された部屋に泊まったと聞いている。さすがは私の弟と言うべきか、魚料理と肉料理を三度お代わりしたらしい。

 ユーリとは朝食後に中央階段の下で、待ち合わせることになっていた。適性検査の結果が出るのは一週間後。それまでアトス様のお屋敷で過ごすことになっている。ユーリはあの猫屋敷を見るのも楽しみにしていた。

 ところが、約束の時間になってもユーリは来ない。まあ、昔から時間にルーズで寝坊しがちな子ではあるけれども……。

 ううっ、やっぱりユーリもお父さんの血が濃いみたいだわ。なんでよりによって社畜な私が先祖返りしたのかしら……。

「遅いですね」

 アトス様は歩いていたメイドを呼び止めると、ユーリの泊まった部屋へ行って、まだ寝ているのなら起こしてくるように頼んだ。

 十分後、メイドが困った顔で戻ってくる。

「副総帥様、申し訳ございません。ユーリ様は寝室にはいらっしゃいませんでした」

 それどころか、トイレにも浴室にも食堂にもいなかったのだと言う。アトス様は急いでユーリの世話を任せた部下を呼び出した。

 アトス様の部下はユーリのスケジュールを聞いていたので、約束の時間の十分前には待ち合わせ場所にユーリを連れ来ていた。

 一緒に私たちを待つつもりだったけれども、王宮のバルコニーの一つが崩れ落ちる事故があって、怪我人が出たので応援に行かざるを得なかったらしい。ユーリは「大丈夫、大丈夫、オレそんなにガキじゃないし、ちゃんと兄ちゃんと姉ちゃん待つよ」と笑ってたのだそうだ。

 つまり、約束の時間までのほんの十分の間に、ユーリは姿を消したということになる。ユーリは私よりずっと猫的な性格だから、好奇心から探検に行っちゃったのかしら。

 アトス様は青ざめ、ひたすら頭を下げる部下を慰めると、ユーリ捜索のために人を呼んでくるよう指示した。私を振り返って「済まない」と頭を下げる。

「私の不注意でユーリが迷子に……」

「い、いやいやいや、そんな、謝らないでください。頭を下げないでくださいよ! アトス様のせいじゃないですし、部下さんだってその時は仕方なかったと思います!」

 どう見ても元気そうで、ある程度大きな子どもよりも、怪我人を助ける方が先よ。それに、王宮内で迷子になったのなら、あちこちに衛兵やメイドの目がある。すぐに見つかるとだろうと思っていた。

 ところが、ユーリは王宮のどこにもいなかった。地下倉庫や井戸の底まで探したのに。ユーリを見かけたメイドは何人かいた。やっぱり探検していたみたいで、廊下をふらふら歩いていたのだそうだ。

 でも、そこから先の足取りがわからない。この事態にはさすがに冷や汗が止まらなかった。

 ユーリ、どこへ行っちゃったの!?

 心配と不安で吐き気が込み上げてくる。

「アイラ、大丈夫ですか」

 アトス様は私をふわりと抱きしめ、背を繰り返し擦ってくれた。

「先ほど強力な助っ人を呼びました。すぐに見つかりますよ」

 その最中に中央階段から規則正しい足音がして、「お待たせした!」との女の人の声が響き渡る。凛とした甘えも隙もない口調だった。

 思わず階段を振り仰いで言葉を失くす。ポニーテールの銀髪に琥珀色の瞳の、腰に剣を差した女騎士が降りてきたからだ。私より年上に見えるので、二十歳くらいだろうか。

 近衛騎士の制服は金の飾り緒のある濃紺の上着に、白いズボンと黒いブーツ、紋章入りの銀の指輪だ。その制服が異様によく似合っているのは、騎士様が一七〇cmを軽く超える、八頭身のモデル体型だからだろう。宝塚を連想したのはきっと私だけではないはず……。

 おまけにすっぴん美人っ! しかも無茶苦茶美人っ! さえざえとした銀髪は月光を映した鏡のようで、琥珀色の瞳は逆に太陽の光を固めたみたいだ。

 そう言えば最近、女性で初めて近衛騎士に任命され、王太子様の護衛についた剣技の天才がいるとの噂を聞いた。

 まさか、この人がそうなのだろうか!?

 騎士様はアトス様と私の前に立つと、胸に手を当て軽く頭を下げた。

「王太子殿下より命じられ、参上した。私は近衛騎士ソフィア・アンティア。私の力を必要としているそうだな?」

 やっぱり本人だった!! これは王太子様、アトス様に続いて、百合百合しいファンクラブができる悪寒……。だって、美人である以上に漢前! かっこいい!

 アトス様が「その通りだ」と頷くと、ソフィア様は私を見下ろし、妙なことを聞いてきた。

「では、早速だが、アイラ殿、弟君の所持品はないか?」

 はて、なぜそんなものが必要なのだろう?

 私は首を傾げつつも、ワンピースのポケットから、ユーリのハンカチを取り出した。

「これ、ユーリが部屋に忘れて行ったそうです」

 ソフィア様はハンカチを受け取り、神妙な表情でにおいを嗅いでいる。くんくんと犬が鼻を鳴らすような音が聞こえた。

「あ、あの、ソフィア様……?」

 謎過ぎる行動に私の目が白黒となる一方で、アトス様はソフィア様の奇行を驚きもせず眺めている。

 これから何が始まるというのだろう!?

 数分後、ソフィア様は私にハンカチを返し、騎士らしい無駄のない動作で身を翻した。

「よし、では、ユーリ殿を迎えに行くか」

 えっ!? どうやってと尋ねる間もなく、ソフィア様はとんと床を蹴って一回転。降り立ったその姿に私は仰天した。

 白銀の長い毛に琥珀色の鋭い目。力強く地を踏み締める足はたくましい。立った耳はいつ何時も警戒を怠らない、野生の性とでも言うべきものを感じさせる。鈍く輝く銀の首輪をつけた、一匹の美しい獣がそこにいた。

「お、狼族!?……」

 なんと、ソフィア様も獣人だった! 

 意外どころではない正体に目を剥く私の隣で、アトス様が腕を組んでしみじみと呟く。

「殿下は犬派なんですよね」