急いでいた。志那を待たせたくない。だから走った。

「はぁはぁっ!志那…」

俺は走るのが嫌いだ。だけれど一番大切な人のためならどれだけでも走った。

はやく会いたい。志那と初めてデートが出来る。

でも。俺の願いが叶うことは無かった。

「キキキ―――ッ!」

凄まじいブレーキの音が耳を劈いた。

うるさいなぁ。そんな思いだけしか抱かなかった。

関係ないと思った。無視をしようと思った。関係ないから。

だけれどいきなり、俺の身体にとてつもない衝撃がはしった。

「あ゛あ゛ッ‼?」

そこで俺の意識は途切れた。







 ピッピッピッピッ―…

リズムよく機械音が聞こえる。どうしてだろう。

そうだ、志那とのデート。遅れちまう。急がないと。

そう思い目を開け、身体を起こそうとした。

だが、俺の身体は鉛のように重たく、まるで他人の身体のようだ。

「癸斗っ‼」

志那の声。酸素マスクが付いている。

「し…‥‥な‥‥?」

掠れた声しか出ない。カッコ悪い。

「ご‥‥めん‥‥行け…なくて」

「いいんだよっ。私の事なんて。癸斗の命が一番だよっ!」

「今…から…い…こう…か?」

そう言うと志那は大粒の涙を零しながら言った。

「嫌だ。大丈夫だよっ。行かなくても。癸斗が生きていてくれてよかった。
 それだけでいいよっ」

もう十分だ。それだけを志那が繰り返す。

だけれどこんな俺に構っていてはいけない。

志那にはもうあまり時間が残ってないんだ。ダメだそんなの。

少しでも。たった一つでもいいから。

志那の願いを叶えてやりたい。

「志那…」

大分口が回るようになった。

「何?」

涙目で聞いてくる。俺は酸素マスクを外してつづけた。

「何か、やってほしいこと、ある?今の…俺に…できる事」

「そんな、今の癸斗は、安静にしないとっ…
 つけてよ。酸素マスクを」

「嫌だ。キミには…もう…時間が残ってない。何か一つでも…
 できることを」

「じゃあ…キ‥‥」

「キ?」

「き、キス」

「え?」

「癸斗に、キスしてほしいっ!」

意味が分からなかった。だけれど叶えたい。志那の夢を。

「う、うん…いいよ…」

夕日が差し込むオレンジ色の病室で

俺たちの影が重なり合った。