「もう、この世界なんか嫌い。無くなってしまえばいいのに」

それが私の口癖。

そんなこと言ったって仕方がない。無くならない。

そもそも私はこの世界にいる意味すら無い。

そう、思う。

 だからこうして今も病院に入院している。

もうすぐ夏休み。私は海なんか一度も入ったことが無い。

旅行もしたことが無い。

皆元気に走り回って楽しそうなのに、何で私だけなんだろう。

どうして神様は私を選んだの?

そうぼーっとしていると病院の先生が来た。

「伊水さん、ちょっといいかな」

そういう先生の隣には少し暗めの顔をしたお母さんの姿。

私、どうなるのかな。退院できるのかな。

そうやって想像を膨らませる。

 だけれど先生の口から出てきた言葉はそうじゃなかった。

「君の命はあと一年。あともって一年くらいなんだ」

え?何言ってるの?そんな、今までそんなに症状なんて、出てないよね?

何冗談を言っているの?私が死ぬ?あと一年?

「え、意味が分からない…‥ね、ねぇ!お母さん!
 噓だよね⁉お母さん‥‥」

だけれどお母さんは下を向いて首を振るばかり。

そっか。ダメなんだ。私。死んじゃうんだ。楽しむこと、一回もしてない。

やりたいこと、一度もしていないのに。

「そんな‥‥意味がわから…ない・・・」

私は堪らなくなった。

腕に刺してあった点滴の針を勢いよく抜き、私なりの全速力で走る。

私なりのというのは、私が学年全員と競争したら絶対一番最後だから。

 余命宣告なの?これは。どういうことなの?誰か教えてよ。

廊下の突き当りまで来てしまった。

病室からそんなに離れていないはずなのにもう私の息は切れている。

「はぁはぁっ…しんじ…られないっ‥‥」

壁をつたり階段を下りる。

すると後ろから声。

「伊水?」

私の苗字を呼ぶ声。その声の主はクラスメイトである、加賀野くんだった。

「はぁはぁ、加賀、野くん…」

私は踊り場に居て加賀野くんは階段の一番上にいる。

「伊水、どうしてここに?走って大丈夫なのか?」

加賀野くんは心配そうな目で見てきた。

私は自分の病状を聞かれるのが嫌で話をそらした。

「加賀野くんこそ、何でここに居るの?」

上がっていた息も落ち着いてきて、一息で言うことが出来た。

「あぁ、見ればわかるとおりだよ。複雑骨折で入院だ」

今気が付いた。加賀野くんは右足にギプスをしていた。

そして松葉杖。

「大丈夫なの?」

「いや、伊水こそ大丈夫なの?走って汗が…顔色が悪いよ」

「その…私、ちょっと辛くなって…みんな元気に過ごせてるのにっ…
 何で私だけっ…私だけっ…ずっとっ…一人で…っ」

余命宣告のことは伏せて話したけれど、涙が溢れて止まらない。

そんな私を加賀野くんは優しく背中を擦って

「大丈夫だよ」と優しく言ってくれた。

ちょっと落ち着くと私を屋上に連れて行ってくれた。

風が吹き、綺麗に咲いている花や芝生は揺れていた。が、まだ冬が明けたばか

りで、少し肌寒かった。

「あ、寒い?ごめん、これでも羽織って」

と、加賀野くんは自分の着ていた上着を私の肩にかけてくれた。

加賀野くんの温かさがあり、温もりが伝わって来た。

「でも、加賀野くんは、寒くないの?」

「うん。大丈夫だよ」

そう言って風に吹かれて髪を揺らしながら微笑む加賀野くんが

少し綺麗だな。と思ってしまった。

いけない。私には未来なんて無い。無理。

私が誰かを好きになることは許されないんだ。

「それにしても今年は春が来るの、遅いよね」

加賀野くんが言った。

私はうん、と頷く。気持ちいそよ風。だけれどどうしても余命宣告

のことを忘れられない。

「伊水はさ、将来の夢とかあるの?」

正直、そう聞かれてドキッとした。

「‥‥ある…かな…」

叶うことない夢だけれど、ある。

ずっと小さい頃から変わらない。

「私はね…看護師さんになりたいんだ」

それは初めて私が誰かに自分の夢を話した時だった。

「ずっと小さい頃から思ってて…何回も入退院を繰り返しているうちにね、
 優しく支えてくれる看護師さんに憧れて」

そこまで話した自分に驚いた。

 どうして叶いもしない夢のことが淡々と出てくるのだろう。

もう決して叶わない。きっと加賀野くんや、他の子も叶う。

なのに私は叶うどころか、あと一年しか命は無いんだ。

もう関わっても別れが悲しいだけ。

「ごめん、私もう行く」

「え?あ、うん。じゃあ、また今度な」

そう言って私は屋上から下りた。

病室に戻るわけにもいかず、廊下をさまよう。

歩いているうちに、レストランの前に来てしまった。

引き返そうと思ったがふとそこで加賀野くんの上着を着たままだと気づいた。

「どうしよう、まだいるかな」

病室を聞いておけばよかった。

ここに食べに来るのだろうか。それとも病室で食べるのだろうか。

どちらにせよ、返さなければいけない。

だけれど私は一旦、病室に戻ることにした。

そこにはお母さんがいた。

「志那!どこに行ってたの…!大丈夫?急に言ってごめんね」

そうか。お母さんだって辛いんだ。親不孝の娘でごめんね。

「私の方こそ、ごめんなさい。もうこれからはしないよ。
 だけどこれを返したいんだ」

と言って加賀野くんの上着を持ち上げて見せる。

「これ、加賀野くんので。今日、貸してもらって…」

「そう。また会えるといいね。明日。入院しているのでしょう?
 さっき来たのよ。加賀野くんが。志那を探してた」

そうだったんだ。

というか、私は元気な加賀野くんが羨ましくなってムキになってしまった。

謝りたい。けれどそれは余命宣告のことを言わないといけなくなる。

「お母さん、加賀野くんに、あの事話したの…?」

「え?あの事…?‥‥あぁ、話してないよ」

「そう、ありがとう。あんまり言いたくなくって」

話しながらベッドに横になる。

「ねぇ、お母さん。一度だけ学校に行きたいな。
 行けるかな?」

お母さんは少し驚いていた。

「そうね…先生にそうだんしてみる?」

「‥‥ううん、やっぱりいいや。大丈夫」

「そう。また行きたかったら相談するからね」

「うん」

私はそこで眠りについた。