「汐里こそ、何してんの?」
「美弥が保健室で寝てるからお見舞いに来たの」
「あ、吉崎さん寝てたんだ? 気付かなかった」
中尾くんが、ベッドのほうを振り返る。焦った私は、カーテンの隙間から目が合わないようにぎゅっと目を閉じた。
「あれ? 尚平ケガしたの?」
「あー、うん。体育でサッカーしてたとき、敵チームとぶつかってコケた」
「え、大丈夫? 傷口、ちゃんと洗ったほうがいいよ」
「あー、うん」
カーテンの向こうから、何時間か前に私が中尾くんと交わしたような言葉のやりとりが聞こえてくる。
「尚平、水垂れてる。ちゃんと拭いて」
「えー、面倒」
「もう、ちゃんと拭きなって。拭いたら手当てしてあげるから、そこ座って」
「ありがと」
中尾くんがそう言ったとき、ベッドで眠ったフリをする私の脳裏に、彼の無防備な笑顔が蘇ってきた。
中尾くんに傷口を洗うように促すのも、だらしなく腕から水滴を垂らす彼に注意するのも、ケガの手当てをして笑いかけてもらうのも……。何時間か前は、私の役割だった。それとも、あれは夢だったのかな。
だとしたら、よかった──。私は、汐里や中尾くんを傷付けずに済んだんだ。
何事もなくてほっとしているはずなのに、どうしてか胸が痛い。