親指の付け根で耳たぶを軽く押し、残りの指を揃えて緩やかなアーチを作る。
鼻先を愛おしいなにかに擦るように顎を突き上げ、空に向けて大きく口で息を吸う。
何度も、何度も、微動だにせずに、ただ息をしていることを示すように喉と胸元、それからくちびるが僅かに震える。
あなたのその仕草を見ていると、何故だか涙が込み上げる。行き場のない涙をそっと袖口に吸わせて、わたしも同じように空を仰ぐ。
果てのない空を見ていた。
美しいものを目にすると心が震える。
その画を、一瞬を、とめどない祈りを、この目と心に繋いでいたいと願う。色のついた糸を引けば、いつでも思い出せるように留めていたいのに、思い出は時間と足を揃えて過ぎ去っていく。
さよならは足が速いのさ、と誰かが言っていた。瞬きの前の一瞬は、そうしていなくなる。
忘れ得ぬものなど、わたしにもあなたにも残せない。時を超えて残るものなんて、他人にも扱える言葉だけだ。
愛おしい、という文字を最初に発した人は何を見て、何を感じて、何を抱きしめて、そう紡いだのだろう。
あなたとわたしを繋ぐ、確かなようで曖昧な縁を、ふたりだけの新しい名前で呼びたいのに、誰もが口にするような簡単な言葉にしか行き着かない。
かなしい、と口にした瞬間にあなたがこちらを振り向いた。瞠目し、耳から手を離すと迷いなく歩み寄る。
「泣かないで、久織」
いつも、こうだ。あなたの祈りを、あるいは願いを、いつも遮ってしまう。涙を見せればあなたがそばに来てくれるだなんて、浅ましい魂胆をどうか見透かさないでほしい。
あなたを見て流す涙なのだ。あなたのための、涙だ。
涙で滲む視界のなか、手探りで肩に置いた手を首筋、襟足、後頭部へとなぞり、一息に引き寄せ掻き抱く。
自分のものとは違う鼓動と体温を受け止めながら、額を肩口に埋めた。背に回された手はまだわたしに触れることを躊躇っていて、けれどそのうちに、軋むほど強く竦めた。
どうか、どうか。
忘れないでいて。
尽きぬ想いが今ここにあることを。
愛しさを説く最初の人で在れたのなら、その傍らにいるのはあなたであるということを。
【それから、君と明日を願えたら。】