今年も咲いた。薄桃色の花弁が月明かりに散る。幾ら時が移ろおうとも、一度として同じ春が、夜が巡る事はない。

 私は今年で三百歳を迎えました。何時からか〝十五夜桜(じゅうごやざくら)〟とか〝御神木〟なんて呼ばれている私ですがな、決して神なんかではありません。それでも、この地で数多(あまた)の出会いと別れを見てきました。今宵は、そんな出会いと別れを一つ、お話しするとしましょう。

 あの日も確かこんな風に柔らかな風に桜が舞っておりました。私は無事にその年の春を迎えられた事を、ただただ有り難く思っていた様に感じます。
 年は十五くらいでしたかな、男の子が一人、弁当を持って来て、花見をしておりました。その子は東の村の子供でね、前々から良く私の所を訪れては考え事をしたり、昼寝をしたりして、時間を潰すのはしょっちゅうでしたわ。
 
 東の村は、その頃西の村と水源を巡って泥沼みたいな戦いをしておりました。今思えば、きっとその男の子は、口を開けば争い事ばかりの村が嫌だったんでしょうな。
 
 何時もみたいに弁当を食い終わって、男の子が寝転んだ時でした、西側の道からもう一人、籠を背負った男の子が上がって来たんですわ。東の村の男の子はびくっと起き上がって、呆然と西の村の男の子を見詰めておりました。
 西の村の男の子も、東の村の男の子に気付くと、何とも言えない困った様な顔をして、(きびす)を返そうとしました。

「待ってくれよ」
 
 そう呼び止めたのは東の村の男の子です。西の村の男の子は、驚きと警戒を半分ずつくらいの顔で振り返りました。

「桜の葉を採りに来たんでしょう?別に俺、何にもしないからさ、採って行きなよ」
 
 西の村の男の子は尚も警戒するようでしたが、東の村の男の子の佇まいを見て安心したんでしょうな、ゆっくりと東の村の男の子に近寄って行きました。

「なら、遠慮なく採らせて貰おうか」
 
 西の村の男の子は小刀を使わずに、手で葉っぱをちぎっておりました。東の村の男の子はそれを眺めていましたが、不意にこう訊ねました。

「西の村、だよな」

「あぁ、西の村の弥吉(やきち)って言うんだ」

「俺は、東の村の五郎左(ごろうざ)だ」
 
 それからまた(しば)しの間、沈黙が降りました。

「東の村の連中とも、当たり前だが、話し合えるもんなんだな」

「そりゃそうだ」
 
 弥吉は困った様に頭を掻いて、言ったんです。

「いや、済まない。生まれたときから、東の村は強欲で乱暴な人が住んでいるんだ。だから、決して近寄ってはいけないよって教えられてると、つい、な」

「気にしてないさ。俺らも似た様なもんだからよ」
 
 五郎左は少し眉を悔しそうに歪めておりましたが、淀みなく言い切りました。
 
 どちらの村も、大人達が率先して敵対意識を持たせていたのでしょうな。話し合う、なんて考えはとっくに暴力に置き換わってしまったんですわ。

「それが原因なんだろうな」
 
 五郎左がボソッと呟きました。

「それ?」

「俺達が何世代にも渡ってお互いに(いが)み合ってなんになる?争いを止める道を、考えて見つけなきゃなんねぇだろう。力で抑え込むなんてのはガキの喧嘩と同じだろう」
 
 弥吉は、目を目一杯に見開いておりました。

「驚いた。そんな考えを持ってる奴が居たなんて……。そうだ、俺達がここで小さな水源一つ求めて争っても何も変わらないんだ」
 
 それから二人は意気投合して、人気の無い満月の夜に、私の前で密かに会う様になりました。二人は、これを〝十五夜の会〟と呼んでおりましたな。そこで二人はこれからの村の行く末を話し合ったり、互いの悩みを打ち明けたりしておりました。その時間だけは、東だの、西だのといった(しがらみ)から放たれて、二人は活き活きとしておりました。
 
 私はそれを眺めているのが好きでしてな、何時しか私は、弥生の満月の夜、十五夜に花が咲く様になりました。〝十五夜桜〟の由来は、そう言えばそこからでしたな。
 
 年を経る毎に、日を追う毎に、東の村と西の村は険悪になっていきましたわ。二人は、それぞれの村で活躍しておりましたが、〝十五夜の会〟だけは欠かす事なく開き、ただの弥吉と五郎左として、変わらぬ友でありました。
 初めて出会ってから丁度四年でしたかな。その年の弥生の十五夜が、私が最後に二人を見た夜でした。その年は、余寒が厳しく、漸く咲いた私の花も、何処か弱々しかったのを良く覚えております。

「いよいよ、下らねぇのが始まるみたいだ」
 
 弥吉は悲しそうな顔で吐き捨てる様に言いました。五郎左も虚ろな目で頷きました。
 重い沈黙の中、北風が二人の間を縫うように吹き抜けて行きました。

「……俺は、突撃隊の隊長になってしまったよ。なぁ、五郎左。どうして、どうしてこんな下らない事しなくちゃいけないんだろうな」
 
 弥吉は、泣いておりました。五郎左は静かに友の肩に手を置いて、満月を見上げておりました。五郎左も涙を、堪えていたのでしょうな。

「五郎左」
 
 漸く涙が止まった弥吉は友の名を呼びました。

「俺は、命を賭けて、この争いを後の世に残さぬ様にする。〝十五夜の会〟は平和になるまで無しだ。今度は……昼間に会えると良いな」

 弥吉はそう言い終えると、振り返らずに行ってしまいました。私は、咲いたばかりの花を散らしました。弥吉が花びらの向こうに消えた時、五郎左がどうしていたのか、私には不思議と思い出せません。

 それから、月日は流れ、十五夜を私は再び一人で過ごす様になりました。
 五郎左が再び姿を見せたのは、あの日から一年経った弥生の十五夜でした。何処か寂しげで、静かなその姿は、全てを物語るに十分でしたな。

 五郎左は、いつかの籠を私の根元に置いて、桜の葉を一枚、籠に放りました。ひらひらと籠に落ちる葉を見届けて、五郎左は籠に寄り添う様にして座り込みました。
 満月に照り返る薄桃色の花びらは、五郎左と、弥吉の上に確かに降り注いでおりました。

 それから五十年、五郎左は欠かす事なく、弥生の十五夜に私の元に籠を背負って来ましたわ。〝十五夜の会〟に、二人の絆に、決して終わりは来なかったんですなぁ。
 
 いかがでしたかな。すっかり夜も更けて参りました。今宵はここまでと致しましょう。
 そう言えば、あそこに桜の木が二本立っているでしょう。五郎左が来なくなった年に突然生えたんですわ。不思議な事もあるもんですなぁ。