ライラがジョニーの家を訪れてから、数か月後。
 ライラは200歳の誕生日を迎えて、成人となった。
 王族の成人の正装である真っ白いローブ・デコルテにティアラと勲章をつけたライラは、朝から忙しく成人の行事をこなしていた。
 父親である国王への挨拶や代々の王が眠っている墓地への挨拶、そして教会で神父の祝福を受けた後、盛大な誕生日パーティーが開かれた。
 パーティーには王族や貴族の人間から一般市民まで、多くの人々が招待された。
 ライラは出席者が見渡せる一段高い席に座り、皆の祝福を受けた。
(――こんなにたくさんの人から祝ってもらえて、嬉しい)
 ライラは改めて国のために力を尽くそう、と心に誓った。

 誕生日パーティーが始まると、ライラは自分の席から遠い場所に、あのジョニーの姿を見つけた。
 王族や貴族の席の場所はまだしも、一般市民の出席者の席の場所までライラは把握していない。
 それでも、ライラはいつものようにすぐジョニーの姿を見つけられた。
 ライラはジョニーの姿を見つけて胸を弾ませたが、同時に淋しい気持ちになった。
(――あの時は、あんなに近くにいたのに)
 ライラがジョニーの家に突然押しかけてから、ジョニーとは話をしていない。
 今みたいに遠くから姿を見かけただけだ。
 また、近くで一緒に話をしたり星を観察したり、そんな日が来るのだろうか……。
 ライラはそう思いながら、気持ちを紛らわすようにグラスの中のシャンパンを一口飲んだ。

 せめてパーティーが終わる前にジョニーに挨拶とお礼だけでも……とライラは思ったが、パーティーの終わり頃になると、ジョニーの姿はいなくなっていた。
(――もう、帰ってしまったのかしら?)
 お決まりの放浪癖が顔を覗かせてしまったのだろうか。
 ライラは会場中を見渡してみたが、いくら探してもジョニーの姿はどこにもなかった。




 長い誕生日の一日が終わり、ライラは自分の部屋へと戻って来た。
 部屋の隅には包装された箱が山積みになっている。
 全てライラへの誕生日プレゼントだった。
 ライラはプレゼントの山を見て微笑むと、ソファの上に倒れ込むように座った。
 身体は疲れ果てているが、何とも充実した日だった。
(――素晴らしい一日だった)
 朝から忙しかったが、国王にも他の王族の人間にも神父にも、そして他のたくさんの人々にも祝ってもらえた。
 そして、ジョニーにも……。
(――最後にジョニーに挨拶とお礼が言えなかったのが、心残りだけど)

 ライラが時計に目をやると、後15分で誕生日が終わってしまう時間だった。
 疲れたから、このまま少し眠ってしまおうか……。ライラがそう考えて目を閉じようとした時、どこからか「コン、コン」とノックする音が聞こえてきた。
 メイドだろうかと思ったが、そのノックする音はバルコニーの窓から聞こえて来る。
 庭に植えている木の枝が、風に揺らされて窓に当たっているのだろうか。
 ライラはソファから立ち上がると、バルコニーの方へと行ってみた。

 バルコニーに誰かが立っている……。
 ライラは一瞬悲鳴を上げそうになったが、その人影には見覚えがあった。

「――ジョニー!」
 ライラが慌ててバルコニーの窓を開けると、そこには魔法使いのマントを羽織ったジョニーが立っていた。「一体、どうしたのですか?」
「突然お邪魔して申し訳ございません、王女様。実は王女様に誕生日プレゼントをお届けしようと思いまして……」
「誕生日プレゼント?」
 ライラが不思議そうに尋ねると、ジョニーは黙って手を差し出した。
 ライラはジョニーの手を取り、バルコニーの外に出た。
 しかし、そこにはプレゼントらしきものは何もない。いつものバルコニーからの風景が広がっているだけだった。
「王女様、空を見て頂いても宜しいでしょうか?」
「空、ですか?」
 ライラが言われた通りに空を見上げると、ジョニーが指をパチンと鳴らした。
 いつも見ている夜空の光景が、どんどん変わっていく。

 やがて、ライラが今までに見たことがない星の配列の夜空になった。
 星の一つ一つが、普段見ているものよりも大きくて、強い輝きを放っている。
(――綺麗)
 ライラはその星空に吸い込まれるように見入ってしまった。
「この夜空はチェスター島の夜空なんです」
「チェスター島?」
「そうです。――王女様、あそこにひと際輝いている四つの星が、南十字星です」
 ライラがジョニーの指さした先を見てみると、確かに十字に配列された美しい大きな星が見える。
「あれが、南十字星……」
 ライラは南十字星を見上げながら、前に魔法学校の木の下でジョニーと交わした会話を思い出した。


「チェスター島はとても良い島だと聞いています。果物が美味しく、そして、夜には素晴らしい星空が見られるとか。ここでは見られない南十字星が見られるのですよね?」
「はい、そうです。チェスター島の星空は本当に美しいですよ。――王女様、お詳しいのですね」


 ジョニーはあの時の会話を覚えていたのだろうか。
 だから、誕生日にチェスター島の夜空を、南十字星を見せに来てくれたのだろうか……。

「王女様の成人の誕生日に、どうしてもチェスター島の夜空をお見せしたくて……。誕生日に間に合って良かったです」
「ありがとうございます、最高のプレゼントです。何て素晴らしい夜空なのでしょう……。でも、チェスター島の星空をどうやってここへ?」
「もちろん、魔法です。10分間しか見られませんが……。この魔法を使うために誕生日パーティーを早く抜け出してしまい、申し訳ございませんでした」
 ジョニーがパーティーからいなくなったのは、放浪癖のためではなく、この魔法を用意するためだったのか……。
 ライラは心の中でジョニーを疑ってしまった自分を後悔した。


 ライラとジョニーはしばらく黙ってチェスター島の星空を眺めていたが、やがて夢が覚めてしまったかのように、いつも眺めている星空に戻ってしまった。
(――消えてしまった)
 ライラは淋しい気持ちになったが、心の中に満ち足りたようなものが残っているのを感じた。
 ずっと見たいと思っていたチェスター島の星空を、南十字星を見られて本当に嬉しい。
 しかも、その星空をジョニーが自分の誕生日プレゼントとして用意してくれて、しかもジョニーと一緒に見ることができて……。
 それがもっと嬉しかった。

「――ジョニー、とても素晴らしいものを見せてくださってありがとうございます。本当に感謝します」
「いえ、僕こそ王女様に喜んで頂いて嬉しいです。――後、お誕生日おめでとうございます」
 ジョニーは片膝をついて身を沈めると、ライラの手を取り、手の甲にキスをした。

(――あっ)
 ライラは手の甲にキスされた瞬間、やっと気づいた。
 ジョニーの家から城へ帰る前、ジョニーに「ゆっくりと10数えて頂けますでしょうか?」と言われて、瞼を閉じた時。
 自分の頬に何か当たったような気がしたが、あれは風ではなかったのだ。
 あの頬に当たった感触、今、手の甲にキスされている感触とまったく同じだった。
(――じゃあ、あの時)
 自分の頬に当たったのは、ジョニーの唇だったのだ……。

「――では、王女様、僕はこれで失礼します」
 ジョニーが立ち上がって、ライラに背を向けようとした。
「待って!」
 ライラは慌ててジョニーを止めた。
「どうされましたか?」
 ジョニーが黒い瞳でライラを見下ろす。
 ライラは「あの時……」と言いそうになったが、さすがにそんなことは言えない、と言葉を飲み込んだ。
「その……。また、あなたの家へ行って、望遠鏡を覗かせてもらっても宜しいですか?」
 ライラは王女らしく堂々と言おうとしたが、出て来たのはか弱い声だった。
 そして、自分の顔が段々と赤くなって来るのもわかった。
 ジョニーはライラの言葉に驚いた表情を見せたが、やがて形の良い唇の両端を上げて、笑顔を見せた。
「はい、王女様でしたら、いつでも歓迎致します」
 ジョニーはライラに向かって深くお辞儀をすると、マントをひるがえしてサッとバルコニーから飛び降りた。
 ライラが驚いて慌ててバルコニーから下を覗くと、そこには誰もいなかった。
 ただ、いつものバルコニーからの景色が広がっている。

(――そうよね、ジョニーは魔法使いだから)
 多分、ジョニーの家の前から馬や自分を一瞬で移動させたように、瞬時にどこかへと行ってしまったのだろう。
 ライラは安堵のため息を吐くと、バルコニーに背もたれながら、夜空を眺めた。
 そして、さっきジョニーにキスされた手の甲を見つめ、自分の頬に触れた。

 ジョニーが自分の頬にキスした理由はわからない。
 自分が「あなたの家へ行って、望遠鏡を覗かせてもらっても良いですか?」と言ったのに対して「いつでも歓迎致します」と答えたのだって、自分が王女だから断れない、というのが本意かもしれない。
 でも、少なくとも何とも思っていない人間の頬にキスなんてしないだろう。
 ライラもそう思ったから、勇気を出して「また、あなたの家へ行って、望遠鏡を覗かせてもらっても良いですか?」と言えたのだ。
 ジョニーは本当に自分に好意を持っていてキスしたのかもしれないし、本当に自分が来るのを歓迎しているのかもしれない。

(――今度こそ、次会ったら言ってみよう)
 自分の気持ちを、そして、ジョニーが自分をどう思っているのか……。
 ライラは夜空を見上げながら、小さく頷いた。




 【了】