ライラは長い時間、ジョニーの望遠鏡で天体観測を楽しんだ。
 ライラは自分の天文の知識にはかなり自信を持っている。長く生きているから勉強する時間もあるし、城の図書室には豊富な資料もあった。
 でも、ジョニーの天文の知識は、ライラよりも上だった。

「あの星の下にある星雲は、徐々に大きく明るくなっているそうです。後500年もしたら肉眼で違いがわかるくらい、はっきり明るくなっているかもしれません」
「後500年……」
 ライラはジョニー言われた星雲を望遠鏡で覗きながら、500年後にまた見てみよう、と思った。
 そして、ふと望遠鏡から目を離して、隣にいるジョニーを見上げた。
 自分は500年後も生きている可能性が高い。王室の人間の平均寿命は800~900歳だし、500年経っても、自分は一般市民で言えば70歳位の年齢だ。
 でも、今隣にいるジョニーは確実に生きていないだろう。
 そう思うと、ライラの胸に言いようのない淋しさがこみ上げて来た。

 自分はもうすぐ王室の成人である200歳を迎える。
 もう、王室と一般市民の寿命の差に感慨を覚えるような年齢でもない。年齢の差に関してはすでに割り切っていると思っていた。
 なのに、ジョニーに関しては、どうしても割り切れない気持ちになってしまう。
(――ジョニーが王室の人間だったら)
 ライラはそう心の中で呟くと、自分のドレスの裾を握った。
 一般市民でも、王室の人間になろうと思えばなれる。
 王室の人間と結婚するか、王室の人間の養子になれば良いのだ。
 結婚するか養子になれば、一般市民でもその時点で寿命が王室の人間と同じになって長くなる。

 どうして今まで思いつかなかったのだろうか、とライラは思った。
 別に王室の人間が一般市民と結婚するのは禁じられていない。
 ジョニーと自分が結婚すれば、500年後にあの星雲が明るくなっているのを一緒に見ることができるかもしれない……。

 ライラがジョニーに話しかけようとすると、まるでライラの言葉を遮るかのようにジョニーが口を開いた。
「はい、500年後です。――王女様はご覧になれるとは思いますが、僕には無理です。でも、それも定めですね」
「そう、ですね……」
 ライラはジョニーの言葉に思わず相槌を打ってしまった。
(――言えない)
 自分と結婚して王室に入ってほしい、なんて自分の口からは言えない。
 第一、ジョニーが自分をどう思っているのかわからない。
 家に突然押しかけて来ても、こうやって望遠鏡を覗かせてくれるのだから、少なくとも憎くは思っていないだろう。
 でも、自分は一応この国の王女だ。
 別に自分を何とも思っていなくても、ジョニーは王女の自分に気を使っているのかもしれない。
 ここで自分が下手に何か言ってしまったら、ジョニーとの関係が気まずくなってしまう可能性がある。
 たまにしかないジョニーと会える時間が、悲しくて切ない時間になってしまうかもしれない……。


「――王女様、そう言えば、お時間は大丈夫ですか?」
 ジョニーの言葉に、ライラは壁に掛かっている時計を見て驚いた。
 随分、長い時間をジョニーと二人きりで過ごしてしまったらしい。
「そうですね、そろそろ帰ります。――ジョニー、今日はありがとうございました。あなたの天文の知識は素晴らしいですね。そして、この望遠鏡も本当に素晴らしい」
 ライラが自分の心の中を隠すかのように王女らしい威厳を込めて言うと、ジョニーは深くお辞儀をした。
「こちらこそ、ありがとうございます。王女様こそ天文についての博学、深く感嘆致しました。――外までお送りします」
「ありがとうございます」
 ライラは望遠鏡から離れる時、もう、この望遠鏡を覗く機会もないのかもしれない、と思うと悲しい気持ちになった。
(――また、望遠鏡を覗きに来たい、なんて言えないし)
 ジョニーは「もちろん、良いです」と返事するかもしれない。
 でも、それはきっと、自分が王女だからだ。
 自分が来ることを心から歓迎する返事ではないかもしれない……。

 
 外に出て、ライラが木に繋がれている馬の手綱を掴もうとすると、ジョニーが「お待ちください」と声を掛けて来た。
「これから馬に乗って帰るとなると、かなりお時間がかかるかと思います。もしなら、城まで僕がお連れします」
「でも、それだと同じ時間が……」
 ライラが不思議そうに言うと、ジョニーは何やら意味ありげな笑みを見せた。
 そして、馬の手綱に手を掛けた。
 ジョニーが馬の手綱を軽く引っ張ると、馬は一瞬にしてその場から姿を消してしまった。
 突然のことにライラは目を丸くした。
「――これは、一体?!」
「ご心配なさらないでください。馬はお城の馬小屋まで魔法で連れて行きました。――王女様も僕の魔法でお城までお連れします。目を閉じて頂けませんか?」
「目を閉じる?」
「はい、目を閉じて、ゆっくりと10数えて頂けますでしょうか?」
「ええ……」
 ライラが言われた通りに瞼を閉じて10数え始めると、ふと頬に何かが当たったような気がした。
(――風?)
 風か、もしくは木の葉か枝が頬に当たったのだろうか。
 それにしては温かいような気がしたけど……と思いながら、ライラはゆっくり10数えた。


 そして、10数え終わって瞼を開けてみると、目の前には見慣れた光景が広がっていた。
「――ここは」
 そこはライラの部屋のバルコニーだった。
 ジョニーは本当に魔法で城まで連れて行ってくれたらしい。
(――さっきまでジョニーの家の前にいて、ジョニーと一緒にいたはずなのに)
 ライラは胸の中に急に淋しさがこみ上げて来るのを感じた。
(――また、一緒にああやって星を眺める機会が来るのかしら?)
 ライラがバルコニーの窓を開けて中に入ると、ちょうど部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

「どうぞ」
 ライラが言うと、メイドの一人が部屋の中に入って来る。
「まあ、王女様。どこに行ってらっしゃったのですか?」
「どこって……」
 もしかして、こっそり城を抜け出してジョニーの家へ行ったのがばれてしまったのだろうか、とライラは焦った。
「さっきノックしたら、お部屋のドアは開いているのにどこにもいらっしゃらないので、どうしたのかと……」
「ああ、それは……。図書室へ行って本を見ていたの。心配かけてごめんなさい」
「いえいえ、王女様に何もなければそれで結構です、安心しました。――それでは、失礼します。お休みなさいませ」
「お休みなさい」
 メイドが行ってしまうと、ライラは自分の頬に触れてみた。
 さっき、ジョニーに言われて目を閉じた時、頬に何か触れた感触。
 あの感触、どこかで一度感じたことがあるような気がする。
(――でも、どこでだったかしら?)