「じゃあ、もうここまで来れば大丈夫だな」

 紆余曲折合った旅も、もう終わりが近づいていた。あと少し歩けば、そこは城の門だ。ステイシーともここでお別れである。

「あ、あのね、二人に伝えたいことがあるの」

 ステイシーは改まって、二人の顔を交互に見る。
 口を開けて何か言葉を繋ごうとした瞬間。

「貴様ら、何をしている!」
「衛兵か……!」

 怒号が辺りに響き、がしゃがしゃと鎧の擦れる音を立てて複数の衛兵が駆け寄ってくる。
 城の周りを巡回していたのだろう。身の丈ほどの長い槍など、武器も手にしている。

「あれはステイシー王女様⁈ まさか……王女を誘拐した逆賊だなっ!」
「あらぬ誤解を受けているようですが……」

 アイリッシュが額に冷や汗を流しながら呟く。
 この状況では完全にアルフたちは誘拐犯だ。説得をしようにも、衛兵たちは鬼のような顔つきで猪突猛進で近づいてくる。

「まっ、待って! 彼らは私を助けてくれたっ――」

 ステイシーが弁明をする暇もなく、衛兵たちはあっという間に三人を取り囲んだ。

「ステイシー様! 早くこちらへ!」
「だから違うって――」
「これはあれだな」

 王女誘拐の疑いで取り囲まれる。そんな物々しい場の空気に似合わない落ち着いた口調で、アルフはあっけらかんと笑った。

「逃げるしかない!」
「まったく……」

 アルフが声を発したのに合わせるかのように、アイリッシュが再び風魔法を発動させる。地面を舐めるようにして急激に巻き起こった突風に、辺りは砂煙に包まれた。

「な、なんだこれは!」

 衛兵たちが予期せぬ事態に戸惑っている間に、アルフとアイリッシュは思い切り駆け出していた。

「じゃあな、ステイシー!」

 ドタバタとパニックになる衛兵たち。砂煙がうっすらと晴れ落ち着いてきたころには、二人はすでに背を向けて簡単には追い付けない距離を走っていた。

「待って、これ!」

 不意に、ステイシーがブンっと小さな手を大きく振って、何か光るものを投げた。
 それはキラキラと光を反射しながら、緩やかな曲線を描いて宙を舞う。とっさにアイリッシュが小さな魔法を発動させて、それをふわりと浮かせた。アルフは手を伸ばして、なんとかそれをキャッチする。

「お礼よ! 助けてくれたお礼!」

 そう叫ぶと、アイリッシュは初めて満面の笑みを浮かべた。それは十二歳の少女にはピッタリの、弾けるような笑顔だった。

「ありがとう! ありがとう! 私、立派な女王になる! 約束するから!」
「……ばーか」

 アルフとアイリッシュは、ニカっと突き抜けた笑みをステイシーに返す。もはや、彼らに余計な言葉は必要なかった。

「待て!」

 重たそうな鎧を鳴らしながら、追いすがる衛兵たち。
 アルフとアイリッシュは顔を見合わせて、お互いに頷きあった。

「さて、逃げるか」
「そうですね」

◆◆◆

「ステイシーちゃんは、無事親元に帰れたんですね! 良かったです」
「いえいえ、これくらい、男として当然のことをしたまでです!」

 鼻の穴を膨らませながら、アルフは胸を張ってニーナに騎士団ばりに敬礼する。

「――ところで、今晩食事でもいかがで」
「じゃあアイリッシュちゃん! 約束通り今夜はご馳走しちゃうわ」
「やったー! ニーナさん大好き」
「あ、あの俺は……」

 アイリッシュがニーナに抱きつき、その豊満な胸に顔をうずめる。その光景を前にオロオロと項垂れるアルフ。

 ふと、ニーナはあることに気がつき、パッチリと目を開いた。

「あっ、これ、綺麗ですねー。髪飾りですか?」

 事務所の棚の隅に置かれた、以前までは無かったはずのシルバーの髪飾りを指差す。精巧で美しい髪飾りは、寂れた事務所には場違いな装飾品だ。

「――ああ、綺麗でしょ」

 アルフは満足そうに、ふふっと笑みをこぼした。

 ふと、窓辺から差し込む太陽の光に、キラキラと髪飾りが反射して輝く。その明かりはまるで、夜空に輝く明星のようだった。