ー 東京・内閣府会議室   ー

 11月中旬の木曜日・午後

 鈴木優と南原智子は、大臣や有識者、専門家が顔を揃える会議に参加していた。

それは、国家戦略特区の指定を受ける為の諮問機関。

日本国内で自動運転の実証実験をする際に必要な通過儀式でもある。

インスタント・ハッピー・カンパニーは、RRMSの共同溝の埋設工事まで完了している。

 制服姿の二人は、最初は喋る機会を一切与えられていなかった。

「近未来技術実証特区ねぇ・・・・・・高校生が申請とは世も末だね」
 
ムッとした顔の南原智子は大臣を睨んだ。

「地方公共団体や地元民間企業。ドシキモ社の支援もあります」とだけ返答した。

 他の専門家達は、高校生が制作した資料にしては大人顔負けの出来映えに驚きながら

「いやいや、さすがインスタント・ハッピー・カンパニー。悪くは無いよ」

「地方創生推進事務局の方では、問題は無い方向で・・・・・・」

「規制の特例措置の特区計画の資料提出ってコレで良いの?」

「それ特区計画の認定が遅れていますので、少し保留しておいて」

 会議と言うより、何か関係者同士で事務整理をしているような会話ばかり。

大臣は南原智子に「桜庭さんだっけ?日本支社の支社長とか責任者が引率すべきだよね」

 大臣としては、インスタント・ハッピー・カンパニーというアメリカ企業が国の威信をかけて取り組むプロジェクトに責任を取れる大人が来ない事に不満があるようだ。

 書記官や、補佐をする事務次官、大学から連れてきたらしい助教授が壁際に座っている。

 ノートパソコンを叩いていたり、分厚いバインダーを閲覧したりしていた。

 小型のフレキシブルマイク。タブレット型の小型モニター。

 市販のペットボトルの日本茶に紙コップが被さっている。大臣は、それを開けて乾いた喉を潤すと

「ふむふむ。統合推進本部は、群馬県のインスタント・ハッピー・カンパニーの研究所内に設ける?事務次官。コレ。大丈夫なの?」

事務次官は大臣の背後に歩み寄り

「雨宮総理の選定した民間事業者が、ドシキモ社ですから問題は無いかと。あとは渋沢町と佐々山町の首長も認定してますから。あとは大臣の認定があれば」

「あっ。そう」

事務次官が席に戻ると、面倒くさそうに大臣が

「えーと。南原さん。確認ですけど。ドシキモ社のCEOの来日は最終決定?」

「はい。12月15日に来日して、成田から群馬に直接入ります」

大臣はホッとした顔で

「なるほど・・・・・・最高責任者が来るなら、書類や調印も問題無いか・・・・・・」

南原智子は不機嫌そうに「はい。手間を掛けさせてしまい申し訳ありません」

「雨宮総理の肝いりプロジェクトだから特例ですけど。次回は早めに連絡してくださいね」

「はい。以後。気を付けます」

 さすがに、大臣からの叱責は、本来の十七歳の女子高生の顔に戻っていた。

優は、国の認定を受けるのに未成年者の二人だけでは門前払いを覚悟していたので安心した。

だが、大臣以外にも承認を受ける為の質疑応答は続く。

 専門家や有識者からの質疑が始まる。

 まず、インスタント・ハッピー・カンパニーは二つの問題点を抱えている。

 一つは、優がインスタント・ハッピー・カンパニーに加わる前の計画で、既に前橋市の説明会で鉄道総研から指摘されていた自動運転で踏切通過の件だ。

 自動運転バスの方は、ジュネーブ条約に合致して問題は無い筈だった。

 いわゆる、バス車両には運転台を設けた自動運転装備である事が大前提。もしくはコントロール出来る遠隔管理室の存在が必須だ。

 RRMSは、占有軌道区間以外は従来通り人間が運転する。自動運転中でも人間が運転席に座るか、遠隔指令室のコントロール下で間接制御が可能なので安全技術のガイドラインをクリアしている。

問題なのは鉄道の方だ。

 LRT(トラム)の電車車両は、既に指摘を受けた事以外にも保安上の十一カ所の問題点や改善が国土交通省と関東運輸局から受けていた。現段階では運行不適合で認可は下りない。

 日本の場合、自動運転を目指すベンチャー企業の多くは技術は優秀だが保安面で叩かれる。

 理由は、過去に前橋市で技術発表した、第4種踏切(警報器や遮断機の無い危険な踏切)の通過が問題視された。

 優がインスタント・ハッピー・カンパニーに参加する前に、鉄道保安に詳しくない研究員が、課題である赤字ローカル線の救済(安価で従来の施設を活用する。

 そしてバス転換ではなく鉄道施設を残すための代替えとしてRRMSを開発する命題)にだけ拘り、現在の鉄道法規、地方運輸局の定める鉄道施設保安基準、第四種踏切における死亡事故等での重大インシデント(大事故につながる危険因子)の取扱を知らなかった事が起因していた。

 第4種踏切は、赤字ローカル線が整備するには莫大な金が掛かる。
 
 最近では、踏切を管理する地元自治体が道路の幅員拡幅や踏切格上げをする際に整備される場合もあるが、基本的には国交省や地方運輸局は新規に踏切建造を認めない方針で、既にある踏切を統廃合するか地下道や立体交差を推奨している。

 まして、殆どの区間を道路と供用する路面併用軌道のRRMSでは、全ての区間が第4種踏切みたいな物で、国交省や地方運輸局から「話にならない」と失笑された。

 ベンチャー企業は開発競争。

最初に世に出した企業だけが勝者。

二番煎じは敗者なのだ。

 技術者の南原智子としては、危険があれば低速なら線路上の障害物の手前で停止は可能と説明するが、此処で技術論を唱えても、法律や規則、前例を基に審査する役人には敵わない。

 フェールセーフ(安全定位の考え方)に基づき既存の法規や規定では認められないと言われた。

 優が南原智子を説得して、一度RRMSのLRT(トラム)を有人運転で認可を受ける事で収めた。
 
 技術者である南原智子は、自動運転なのに運転席に運転士が居たら意味が無いと反発した。

 優は「とにかく、此処は特区の認可を貰わないと計画が遅れますから」と説得した。

 細かい調整は、技術の進歩と法整備の規制緩和で改善は可能。
 
 あくまでも有償運行と自動運転の実証実験を行う上で、国家戦略特区の諮問会議で認可されないと、今後のプロジェクトが頓挫してしまう。

 構造改革特別区域法を根拠法として、平成25年12月に国家戦略特区法が制定された。これにより、従来の岩盤規制と呼ばれる容易に崩せなかった既得権的な法律をクリアして産業の国際的競争力を強化、経済活動の拠点として推進できる。

 これを、実行するには内閣の主導する諮問会議において認定されないとだめで、まさに優と南原智子は今日の諮問会議に全てをかけていた。

 群馬県・榛名山東部の裾野にある沼川市と渋沢町を結ぶ佐々山電鉄。

 そして、その渋沢町から佐々山町を結んでいた廃線予定の旧・佐々山電鉄小湯線跡地を使い、自動運転システムの巨大な実証実験エリアにする。

 最新鋭技術で自動運転の高規格路面電車と路線バスを運行する。

RRMS(Rail & Ride Mobility System)

 同時に、RRMS周辺も空き家やショッピング施設を付帯させた中長期滞在型リゾートコンパクトシティの計画を進めていた。

 MaaS(Mobility as a Service)と呼ばれる予約・決済などが出来るシステムも同時進行する。

 しかし、此処で問題が出来た。

 ニコニコしていた有識者と専門家達は難しい顔になった。

「これ・・・・・・どう?」

「うーん。時期尚早っていうか・・・・・・」

「出来れば、もう少し審議と議論を深めてからの方が良いよね?」

 諮問会議で、RRMS計画について異議と反対意見が持ち上がる。

優は、もう一つの課題が想像通りに問題視されたと気がつく。

 技術的な面ではなく、日本の公共交通の根底を転覆させるような実証実験。

理由は、鉄道やバスの独自採算性からの脱却。 

交通税を沿線の事業者から集めて、鉄道やバスを安価で乗れる事にする実証実験が問題視されたのだ。

「重要性は理解できるが、日本での公共交通網が根本的に破壊されてしまう」

「出来れば段階事にステップを踏んで、慎重に対応したい」

 「コレ?南原さんの仕事?」

「いえ。鈴木君と京子・・・・・・いえ・・・・・・雨宮京子さんです」

「あー。雨宮先生の娘さん絡みかぁ・・・・・・参ったなぁ」

「コレさぁ。学会とか専門家会議で絶対に賛否が分かれる奴なんだよねぇ」

大臣は「私は専門的な事は解りませんけど。先生方での結論は?」

有識者や専門家達は、腕組みをして悩んでいる。

「まぁ、時間も制約がありますから後日、結果をお知らせします」

 会議が終わり、優と南原智子は肩を落として会議室を出た。

「あー。なにが天才高校生集団だよ。日本を代表するブレインを相手にするには
経験値が足りないよなぁ・・・・・・これが現実なのだな」

 南原智子は、目に涙を浮かべていた。

内閣府を出て、大通りでタクシーを拾った。
 
 二人は、渋谷にあるインスタント・ハッピー・カンパニーの日本支部に向かう。

会議が終わったら、支社長の桜庭に顔を見せる約束になっていた。

 渋谷のアラリエと呼ばれる高層複合施設は、下層部の商業エリアは平日だけど賑やかだ。

 隠されているような高層階に向かうエレベーターに乗って31階のボタンを押した。
 
支社長は、二人を32階の一番奥の会議室で待機しているように命じた。

 10分後

 ガチャリと待機してた会議室のドアが開いた。

「お待たせ。そして二人とも・・・・・・お疲れちゃん」

桜庭支社長は、ご機嫌だった。

「ご機嫌ですね。こっちは精神的に参っているっていうのに・・・・・・」

南原智子は、呆れた顔で返答した。

 優は「あの・・・・・・一応は自動運転の方は特区の認可は出そうですけど・・・・・・」

「いいよ。確かに日本だと運輸業界や行政のシステムも海外と違うし、時期尚早だからね」

 南原智子は、ムッとした顔で

「アタシの場合は、明らかに遠回しにママの事で嫌味を言われた。血は争えないってね」

 桜庭は「あはは。南原さんのママは、日本を代表するベンチャー企業の女性社
長だからね」

 最新技術開発で、各業界に風穴を開ける経営方針で有名な女性経営者。ゆえに敵も多い。

 親子で自動運転の開発をしているので、ある意味ではライバルでもある。

 母親の方は、ドシキモ社とは商売上では敵対関係にある為、複雑な親子関係らしい。

 桜庭は優に「スカウトが8月2日で、わずか3ヶ月でインスタント・ハッピー・カンパニーの主力研究員かぁ。雨宮京子だけでなくドシキモ社が欲しがる理由が理解できたわ」

優は「あのっ。メイド服の制服だけは、なんとかならないものですか?」

「えっ。ダメよ。カワイイから。いまさら変える気もないわよ」と桜庭は拒否した。

南原智子は「鈴木。そんな外見の服装よりも、佐々電の方は順調なの?」

「えっと。こないだの謹慎の騒動から応援団のメンバーも自分達で動いてくれます。美佳ちゃんも沼川地域おこし協力隊と観光列車の件、頑張って居ますよ」

「佐藤美佳・・・・・・・。アイツさぁ。自分に双子の妹が居ること、まだ知らないよな?」

「えっ!」

南原智子と優は、同時に驚いた。

「しまった。まだ内緒の話だった・・・・・・忘れてくれ・・・・・・って。無理か?」

 どうやら、生き別れの片割れは、あのフランソワール・伊丹と親友らしい。