掃除終わって放課後。藤野さんと古手川さんも部活休みを取ったらしく、すぐに私の机近くに集合した。理由はもちろん守り隊ポスター制作作業の続きだ。
「おーっす! みんな集まってんじゃん」
 賑やかな挨拶と共に篠原もやってくる。隣のクラスも掃除が終わったらしい。篠原も部活を休んだのだと藤野さんが教えてくれた。巻き込まれる形で参加していたので心配していたが楽しそうで何より。
 篠原と鷺山は同じクラスだ。けれど、やってきたのは一人だけだった。
「鷺山は?」
「鬼塚さー、挨拶より先に鷺山のこと聞くのってどうなの?」
「一緒にくると思ってたから」
「いいけどさ。鷺山は日直。日誌書いて職員室寄ってから来るってさ」
 なるほど、と納得して篠原から視線を外す。
 三枚目の、鷺山の目を書いたポスターは、ポスターの背景を家で塗ってきたので、あとはイラストや文字の部分を塗るだけ。早く仕上げて鷺山の感想を聞きたかった。
 背景を真っ黒にして、イラストは目だけのシンプルなもの。上部には『見ています』と赤文字。下部には防犯や空き巣についての話を書いたけれど、上部の赤文字が目立つように小さめにしておいた。
 絵の具をパレットに出して準備していると古手川さんがやってきた。
「鬼塚さんのポスター、目だけって面白い」
「いいでしょ。これ鷺山の目なの」
 私としては、『鷺山の目綺麗でしょう』と意味を持たせて言ったのだが。古手川さんどころか、篠原と藤野さんがすごい勢いで振り返る。
「やっぱり二人は付き合ってるよね!?」
「だよなあ!? 意味深だろこれ」
 そしてこの一言。藤野さんも篠原も好奇心を隠さずストレートだ。
「違うって。仲がいいだけ」
「でも、香澄さんって呼ばれてるじゃん?」
「鷺山くん、いつも鬼塚さんのことを見ているよね」
「違う違う」
 それはあいつが自他共に認めるストーカーなだけ。説明したところで三人にさらなる誤解を与えそうで、言えないけれど。
 そう考えているうち、篠原が「そういえば」と話題を変えた。
「鷺山って、同じ小学校にいなかった?」
 その問いかけは、兎ヶ丘小学校同級生という共通点を持つ私たちに投げられたもので。けれど誰も答えなかった。藤野さんも古手川さんも考えこんでいる。
 六年間通ってクラス替えは三回。一度も同じクラスになっていない子もいれば、六年間顔を見続けた子もいる。クラスが違っても委員会やクラブ活動があるから他クラスの交流もある。だから生徒の顔と名前はそれなりに覚えた。全員の顔と名前を把握しているわけではないから自信はないけれど。
 小学生時代を思い返す。でも鷺山の姿は見つからない。
「……いないと思う、けど」
 恐る恐る口にすると、藤野さんや古手川さんたちも私に続いた。
「うちも覚えてないなー。いなかったんじゃない?」
「んー……私もちょっとわからないかな」
「俺の記憶違いかもしれねーけど……でもいたと思うんだよなあ」
 篠原自身も確証はないようで、当初の勢いは尻すぼみになっていく。「おかしいなあ」と呟いて首を傾げていた。
「小学三,四年の時は違うね。その頃って、うちら四人同じクラスでしょ?」
「うん。鷺山くんみたいな子はいなかったと思う」
 藤野さんと古手川さんの話を聞いても、篠原は納得できない様子だ。
「んー……違うクラスの、途中で転校したやつがいた気がするんだよなあ」
 鷺山は他県の中学から兎ヶ丘高校に進学してきた。小学生の途中で転校したことは考えられる。
 けれど。もし鷺山も同級生だったのなら、私に打ち明けていたのではないか。話せる場面は何度もあった。隠すようなことではない。
「……たぶん、違う。鷺山は同じ小学校じゃないよ」
 それは私が出した結論だった。
 私は鷺山のことを信じる。同じ小学校にいたのならきっと話してくれていた。出会ってから今日までそのことを語っていないのだから、違う小学校だと信じよう。
 結論が出れば、悶々としていたものが、すっきり晴れていく。それは三人にも伝わったのか、藤野さんがにやけながら言った。
「鬼塚さんって、鷺山のことになると嬉しそうに話すよねえ」
「そんなことない」
「いやいや。今の発言もさあ『私は鷺山のことを知っています!』みたいじゃん?」
 藤野さんの頭の中では、私と鷺山の関係が美化されている気がする。
「いいなーそういう関係。うちも彼氏ほしー」
「ないない。諦めろって。一生独身だろ」
「しーのーはーらー!」
 恨みこもった叫びと共に、藤野さんが篠原の脇腹を手で突いた。竹刀ではなく手だったけれどその動きは鮮やか。
「いってーな」
「次は面だから」
「んな暴力女だからモテねーんだよ」
「よーし。お望みとあらば手加減なしで」
 こうして見ていると篠原と藤野さんは仲がいい。二人の間には男女の垣根なんてないのだと思う。篠原は攻撃されっぱなしのくせに本気で嫌がっている顔はしていないし、藤野さんも楽しそうにしている。微笑ましい光景だ。