「伊織ちゃん、どこに行ってたのさ」

「…どこだって良いじゃん。あんたに関係ない」


教室へ戻ると、早速古田玲央から声をかけられた。

後ろの席だから避けようがない。不運だ。


「ねぇ、伊織ちゃん。そのあんたって呼び方やめてくれない?」

「今更何言ってんの。あんたなんかあんたでじゅ…」


あんたなんかあんたで十分と言おうとした私は、ふいに古田玲央の方を見た。

すると彼は、今まで見たこともない真剣な顔つきをしていた。


「俺には古田玲央って名前があんの!」


すぐにいつもの調子に戻る古田玲央。今のは気のせい…?

もしかしたら傷つけてしまったのではないかと少しだけ後悔する。

変なの。友達なんか必要ないって言ってるくせに、他人を傷つけることには恐れている。

人と関わりを持ちたくないって思っているくせに、他人からの評価は気になるし、傷つけられることも傷つけることも恐れているなんて、いろいろと矛盾しているな、私。

咄嗟にごめんと彼に言おうとしたところで、教室に先生が入ってきてしまったため、彼に謝ることはできなかった。

授業を受けながら、ふと先程の七宮先輩との話を思い出す。

まだ引き受けるかどうか決めていないけれど、七宮先輩のピアノの演奏は本当に素晴らしかったし、美花さんの歌声も聞いてみたいなと純粋に思っている。

こんな私でも誰かの役に立つことがあるのだろうか。

誰かの救いになることができるのだろうか。

考えに集中していた私は、後ろから肩を叩かれていることに気づいていなかった。

隣の席に座っていたおとなしそうな女の子が私の制服の袖を引っ張り、呼んでるよ、と後ろを指さしてきた。

振り返ると、こちらに見向きもせず、黒板の文字を写している古田玲央が小さく折り畳まれた紙を差し出してきた。

仕方なくその紙を受け取ると、『放課後、話がある』とだけ書かれていた。

私はもう一度、古田玲央の方を振り返ったけれど、彼は授業に集中していて、私には見向きもしない。

まぁ、授業に集中することは当たり前のことだ。

そして私はというと、後ろばかり振り向いていたことを先生に指摘され、周りからの嘲笑の的とされてしまった。

これも全部、古田玲央のせいだ。