今日はディスられませんようにと、手を合わせる。藁にもすがる思いで目を閉じる。こんなことでディスりが収まるなら、寝る前の日課にしようかな。
 ベッドの上に足を踏み入れて、静かに体を沈めていく。こんなに丁寧にベッドに入ることによってディスりが止むなら、毎日やろうかな。
 そうだ!
 もしもディスられそうになったら、無理やりにでも目をこじ開ければいいんだ。それなら夢の世界のもみじに向き合わなくてもいい。そんなことが可能かは分からないけど、やってみる価値はある。夢の中でもみじに会ったら、すぐに夢の壁を壊して現実に体当たりするんだ! 
 そう思ったら、俺ののしかかる負担は自ずと体からすり抜けていった。
 なんでこのアイデアを思いつかなかったんだろう。俺って、もう相当追い詰められているってことか。
 とりあえずやってみよう! 『夢野もみじ』に対抗するために。
「そう言えば、もみじの苗字ってなんだっけ?」
 そんなことは今はどうでもいい。寝不足の俺の眉は、すぐに眠りの場所へと落ちていった。

「あはは、まさき君、おもしろい!」
 めいちゃんは立ち上がって「じゃあね」と、続けていった。
 夢の中にめいちゃんがいる。
 俺は慌ててもみじの存在の有無を確認する。何度回転してももみじの姿は見えなかった。胸を撫で下ろしながらめいちゃんを見た。
 俺はめいちゃんと言葉を交わした屋上に戻ってきたみたいだ。
 屋上の引き戸に手をかけた瞬間、めいちゃんは再び振り返って俺を見た。口を紡いでいる。キラリと光る目が何かを訴えかけているようだった。
 もみじがいない安心感から、何の疑いものなくめいちゃんに声をかけた。
「どうしたの?」
 めいちゃんは俺の問いかけに答えることなく、再び俺に近づいてきた。手を後ろで絡めて下を見ている。
「あのさ……」
「うん」
 何か悩んでいることでもあるのか。
「はるかちゃんと仲いいよね」
「えっ?」
 はるかちゃんとは、化学の授業で実験の班が一緒の女の子だ。確かに実験の時は言葉を交わしている。でもそれがどうしたんだろう。
「はるかちゃんかわいいから、気を付けた方が、いいと思うな……」
「どういうこと?」
「もみじが……」
 まさか! はるかちゃんがもみじに何か言ったのか!
 はるかちゃんが出発地点で、もみじに何かが伝わって、そしてもみじがめいちゃんに何かを吹き込んだ。心地いい風を吹き込むならまだしも、ディスりを吹き込むなんて! とんでもない遠回しディスりだ!
 ここにもじみはいないけど、ディスりが始まろうとしているのか。
 『そんな手があったとは』、なんて悠長に発言できるほどの余裕はない。
 『よく考えたな』、なんてふざけている時間はないんだ。
「もみじが色々……」
「もういいもういい!」
 掌をめいちゃんの顔にすっぽり当てはめて俺は言葉を制止させた。
「……知ってるの?」
 何も知らないけど、もう聞かなくても分かりそうなものだった。わざわざ耳になんて入れなくてもいい。めいちゃんにそんな顔をさせてまで、周囲を巻き込んでまで話させることはない。
 もういい。もみじにちゃんと向き合わないといけないんだ。
 まさか夢の中で、もみじに俺の悩みを打ち明ける覚悟が決まるとは思っていなかった。
「めいちゃん、何も言わないでくれ……」
 掌の位置は保ったまま俺は顔を下に向けた。