第11話 RRMS説明会

 9月下旬の秋晴れの土曜日。

午前10時すぎ。

群馬県前橋市。

JR両毛線。前橋駅。

北口を出ると沢山の路線バスが発着するバスターミナルと駅前ロータリー。

ビル街の奥に、裾野が長い赤城山が見える。

群馬県の県庁所在地。

優にしてみれば実家のある地元に戻ってきた事になる。

「もう京子ちゃんと南原さんは会場に居るって」

優がメールを見ながら美佳に言う。

「そりゃ。主催者様だから居て貰わないとね」

美佳は少し怒り気味で返答した。

「佐々山電鉄応援団は、インスタント・ハッピー・カンパニーの下請けじゃないのにさ。雨宮京子と智ちゃんは何を勘違いしているのやら・・・・・・」 

 前橋市の、K’BIX元気21と呼ばれる場所で、RRMSの説明会を雨宮京子と南原智子が開催する。

 美佳は、「ようするにアタシ達は会場設営の下働きなのだな」と面倒くさそうな顔で言う。

 RRMS(Rail & Ride Mobility System)というアメリカ・ドシキモ社とインスタントハッピーカンパニー日本支社が推進している自動運転装置を搭載したLRTとBRTの新交通システムの説明会に招かれた。

 しかし、招待とか、お客様待遇ではなく準備をさせられる事に不満がある。

 日本では、LRTは地方都市の古いチンチン電車から新しい時代の交通へのイメージアップ、BRTは廃止鉄道の鉄道では余剰するので速達性を確保しながらバス転換というイメージがある。

 実際は、もっと奥深い物であると優は思っているが、実際に乗る市民や乗客にしてみればイメージの方が先行してしまうのだろう。

 RRMSは、既存鉄道に廃止問題が持ち上がった際に、現在の日本では【存続】か【バス転換】の両極端な選択肢しかない。
その中間に【もう一つの選択肢を設ける】というコンセプトがある。

 今日は、雨宮京子と南原知子、インスタント・ハッピー・カンパニーがRRMSに興味がある企業、工事施工会社、群馬県の各自治体にPRする。

 前橋駅北口コンコースに、前橋市のマスコットが透明ケースの中で鎮座していた。「ころとん」という丸い豚の縫いぐるみだ。

 愛理が「ころとん可愛い」と喜んでいた。

 美佳は、ギャピーを小脇に抱えて、愛でている愛理の脇をすり抜ける。

「さて北口か。会場まで歩いて行けない距離ではないけど、あえて路線バスに乗るのか?」

 美佳は、優に確認をした。

「うん。南原さんが遅刻してもいいから、絶対に乗っておくべきって」

 前橋市では、自動運転バスの実証実験をしていた。

「乗客を乗せて走る自動運転バスの実証実験かぁ」

美佳の返答に愛理が「アタシ自動運転バスに乗るのは初体験だよ」と喜ぶ。

 駅前のケヤキ並木、県庁所在地らしいビルの向こうに赤城山が出迎えてくれる。

美佳は、JR両毛線の前橋駅北口で路線バスの案内板をみる。

「えーと。中央前橋駅行きのシャトルバスは・・・・・・」

 メンバーは私服姿だが、優だけインスタントハッピーカンパニーの制服であるメイド服姿だ。

別に、好きで女装をしている訳では無い。

インスタントハッピーカンパニー日本支社からの命令なのだ。

 各分野で、トップクラスの天才的頭脳を持つ中高校生スペシャリスト集団ゆえの命令。

 この、天才集団を統括する組織・インスタントハッピーカンパニーはアメリカに本部がある。

 彼らの頭脳は、各国や大企業お墨付き。研究費投資、最先端の研究施設を使わせたりする。

 当然ながら、営利誘拐やライバル企業からの情報横取りなどのターゲットになりやすい。

雨宮京子や南原智子も、既に数回拉致されそうになったそうだ。

 海外では、重要機密を聞き出すために誘拐し拷問などの物騒な事例も報告される。

 天才達を、商品みたいに扱う犯罪組織が絡む事案に対しての防護策が制服の着用。
 
 各分野のリーダーが採用しているインスタントハッピーカンパニーの制服には、事件防止の為に位置把握の監視が常にできる防犯タグが制服に縫い込まれている。

 そんな訳で、優も強制的にメイド服を着せられている。

美佳は、改めて横に居る優を見て大きな溜息を吐いて

「まったく変態だな。男子なのにメイド服で外出。見た目が女の子みたいなのが救いか」

愛理は、
「インスタントハッピーカンパニーの規則だから仕方ないよね。優ちゃん可愛いからOK」

 優と美佳の身辺警護と同時に応援団のメンバーである西村と長谷川も

「狙われるのは天才の宿命だ。俺達が鈴木を守る」

 美佳は「京子や智ちゃんなら誘拐されるかもだけど。優は誘拐するほど価値は無い」

ギャピーは「おいおい。美佳。鈴木は佐々電の運行再開に必要な人材だ。馬鹿にするな」

「えー。だってスポンサーが倒産しそうな鉄道会社だよ。レベルが違う」

「ふん。嫉妬か?」

愛理は「優ちゃん凄い」

「市松人形ロボもファンタジーだがな・・・・・・」

美佳はギャピーに向けて言う。

「五月蠅い奴だな。まぁ今日は美佳が言うファンタジーの世界を体験して貰う」とギャピーは言い返す。

「ほう。それは楽しみだ」

美佳は抱いていたギャピーを小脇に抱え直した。

「美佳ちゃん。そろそろバスの時間だよ」愛理が美佳を急かした。

「中央前橋駅行きシャトルバス・・・・・・えーと。あった。3番乗り場だってさ」

美佳がLEDのバス乗り場案内を指さした。

前橋駅の北口は、バスターミナルがある。

 主に、渋沢駅方面の幹線バスや、赤城山に向かう路線バス、前橋市のコミニティバスが発着する。

その中でも、これから佐々山電鉄応援団メンバーが乗車するのは特別な路線バスだ。

「おっ。3番乗り場。もうバスが来ている。乗るぞ」

 美佳は、停車中のコミニティバスにひょいと乗り込んだ。

 日野ポンチョと呼ばれる一般的なコミニティバスで可愛いラッピング塗装が施されている。

「美佳ちゃん降りて!それ違うバスだよ」と外から優の声がする。

料金箱にお金を入れる手前で「ほい?」と優の方を振り返った。

バスの運転士は、「中央前橋行きはこれが出た後だよ」と教えてくれた。

「すいません。間違えました」と言って下車するとドアを閉めて発車する。

「なんだよ。マイバスって。マエバシとマイバス。ダジャレなのか?」と走り去るバスの後部を見送った。

 まるで、3番バス乗り場が空くのを見て居たかのように、一台の路線バスが待機所から忙しく動き出す。発車一分前だ。

 白いピカピカの新車。

 日野ポンチョと呼ばれるコミニュティバスを改造した自動運転バスの実証実験車両。

 前橋市。日本中央バス。群馬大学と携帯電話会社が日本初の営業実験車として運行している。

 レベル4と呼ばれるハイレベルな自動運転バスだが、保安上の観点から運転士が乗務する。

それは現在、雨宮京子や南原智子の研究しているRRMSと同じ仕様。

 厳密に言うと、RRMSは電気式を採用しているが、前橋市のバスはディーゼルエンジン車。

 同じレベル4を目指すRRMSは、大容量軽量化リチュウムイオンバッテリー開発で苦戦しているので、実用化の開発競争では出遅れてしまっている。

 前回、優が雨宮京子と南原智子と一緒に、沼川西地区の勉強会に乗って行った電気バス。それに搭載していた南原智子ご自慢のバッテリー装置の計測結果が期待値以下だった。

 やはり急勾配。冷房使用。バスのドアを開けたりすると電力消費が予想より激しいらしい。

 通常運行には耐えられるが、渋滞や異常事態で運行時間が遅延した際に余裕が無いそうだ。

 雨宮京子は交通政策のスペシャリストだが、南原智子はエンジニア。立場が違う。

 あくまでも、無人運転時で乗務員もいない乗客だけのバス車内でバッテリー切れは最悪だ。

 優は、自動運転化競争で見切り発車的な功績を急ぐ事よりも、実用化後のトラブル防止を最優先に考える南原智子を尊敬していた。

 実際に、RRMSの詳しいことは優でも知らされて居ない。
今日はRRMSの詳細が語られる発表会。何処までの情報が開示されるのだろうか?

 優が、そんな事を考えている間に、ウィンカーを出して自動運転バスが目の前に停止した。

 美佳だけでなく、愛理も長谷川も興味津々でスマホのカメラ機能で写真を撮影し始めた。

「おおっ。いかにも自動運転バスっぽい奴が来たな。こんどは乗って良いよな?」

 屋根には、多角形のカメラやセンサーなど、普通のバスに無い特殊機械が搭載されている。

 車体ボディの各所にもカメラが埋め込まれ、いかにも実験車両である事が外観からも解る。

【自動運転実証実験】のステッカー。

 ギャピーに「すぐ発車するぞ。撮影会は後回しだ。乗れ」と急かされた。

 バスは、すぐにドアが閉まり発車した。「忙しいバスだな」と美佳は座席に座る。

 関係者や、モニター客を乗せた実証実験は全国各地で報告されているが、運賃を収受して実際の営業運行として実践投入されたケースは前橋市が初めてらしい。

 ただ、残念な事に乗客は美佳達のメンバー七人の他に、一般客は三人しか乗っていない。

「アタシ一番前に座る」と美佳は空いている運転席に近い椅子に移った。

 運転士は、普通にバスの運転席に座りハンドルを握る。「中央前橋ゆき発車します」

 バス乗り場から動きだす。ここまでは普通に運転士さんが運転していた。信号で一旦停止。

 運転士は、運転台の横にあるタッチパネルを使い、ピッピッと何かを入力すると機械的な音声で『自動運転を開始します』と声が流れた。
 
 ハンドルに手を添えるだけで、バスのハンドルは機械的にカタカタと不自然な動きになる。
 
 愛理が「美佳ちゃん。見て。このバス凄いよ。ロボットが搭載されているよ」と言う。

 運転士の背後に、人形型の小型ロボットがチョコンと台座に載って軽快に動いている。

 ギャピーは「美佳。ギャピーをファンタジー扱いしたが、現実にロボは日常で活躍している」

 モニターと連動してロボットは、軽快な動作と共に喋り出しアナウンスを始めた。

『このバスは自動運転で運転するよ。レーダーで周囲を監視するから安心していいよ』

 片言だがロボットが、終点の中央前橋駅まで乗客に音声アナウンスするサービスらしい。

 愛理は「可愛いロボ。ギャピーちゃんみたいなロボが居ても不思議じゃない証拠ね」

 美佳は「自動運転とロボット。確かにファンタジーでは無く現実の話だな」と納得した。

わずか5分程度で終点の中央前橋駅に到着した。

 此処で折返し。

上毛電鉄の電車から乗り継ぎの乗客を乗せてJR前橋駅まで戻る。

 いわば自動運転バスは、1kmも満たない駅前のJR前橋駅と上毛電鉄の中央前橋駅の間だけを往復する為だけに運行に限定されていた。

 佐々山電鉄応援団は、自動運転バスの写真を撮影したり、到着する上毛電鉄の電車を撮影したりした。

「そろそろ。京子ちゃんと南原さんの処へ行こう」

 優が、撮影会を切り上げ、土曜日なのに人通りの少ない前橋市の中心商店街を歩きだす。

 前橋市は、近代的なトランジットモールの商店街や、商店街とバスの連携は頑張って居る。

 前橋市出身の優にしてみれば、前橋市の広瀬川の遊歩道散策や萩原朔太郎ゆかりの文学の街の象徴である文学館などを応援団のみんなに見学させたかったが今日は忙しいので無理。

 優は、少し寂しい商店街の路地をショートカットして国道50号線沿いにあるデパートが撤退した跡を改築して文化施設や大学などが入るK’BIX元気21という建物を目指した。

 もとはデパートなので、当然ながら商業施設みたいな外観の建物。
 
 建物は坂の途中に建造されている関係で正面から入ると一階が玄関、裏口から入ると地下一階が玄関という不思議な構造。

 馬場川を挟んで対面に駐車場と近代的な美術館が備わる。

県庁所在地の中心商店街なのに殆どの店は閉まっている。

 アーケード街もシャッター通りで、一番便利な筈の繁華街なのに食料品の買える店が少ない。

 現在は解消されたが、数年前までは中心地でありながら買い物難民問題まで浮上した。

優の実家が、実際のケースに該当していたので身を持って語れる。

 K’BIX元気21にスーパーマーケットが入る事、地元のスズランというデパートの地下食品街が頑張ってくれた事で、この問題が解決した。

 前橋市も中心商店街も、本気で市街地活性化と人口減少社会に向けたコンパクトシティー構想を実現するために知恵をしぼり、努力が芽吹く街として頑張って居る。

 優は、中学校時代に、そういう市民団体で活動していたので、理想と現実、無関心と頑張る人達を見下す何もしない人達などの温度差。人間の心理については嫌というほど経験した。

 こういう説明会は、交通問題やまちつくりに興味のある人だけしか参加しないのも承知だ。

 理解や興味のある人間だけの集会であっても、参加者や傍聴者の考え方の違いは必ずある。

 有識者や専門家ですら、持論や自分が研究している課題に対しての異論や反論に正しく向き合わずに、自分の信条や主張と異なる意見に激怒してクレームや抗議をしてくる人もいる。

 行政も、定期異動で仕方なく交通政策や地域活性化の部署に配属されただけで自分の任期だけを平穏無事にクリアできれば良いという充て職の職員は実際に多く見受けられる。

 交通事業者は、「交通政策は行政が実行すること」として自分達では動かない。公的支援という補助金を貰うには経営改善スキームが必要であり、人件費と合理化で運転士や職員の減給、仕事の増大で低賃金にされ過酷な労働という環境。そんな交通事業者に自ら進んでバスの運転士に手を挙げる人は少ない。人材難。運転士不足は深刻な問題があるので仕方ない。
 
 自動運転システムが出来ると労働者が淘汰されると決めつけで反対する人達もいる。文句は言うが打開策は誰も出さない。文句を言うには解決策とセットで無いと綺麗事だけで問題は解決しない。署名運動も全く効果を果たさない。

 解決策を話し合う会議。それをインスタント・ハッピー・カンパニーが実行する。

 雨宮京子と南原智子は、RRMSにより複雑に絡み合う諸問題を解決は簡単では無いが、何か糸口を探り、事態を緩和させたいというのだ。

 そんな理由からRRMS説明会を、ぜひとも前橋市で実施したいと前橋市に申し出た。

 前橋市は、群馬大学や日本中央バス、電話会社との無人運転バス計画があり理解と協力する旨の意思表示と会場使用許可は直ぐ出た。

【RRMS説明会会場】の看板が入口にあった。

 佐々山電鉄応援団は、裏口の地下一階のスーパーマーケット側から入り、エスカレーターで一階に登った。