第9話  誰の責任で佐々山電鉄を残すのか?

群馬県・渋沢町は草津温泉に次ぐ名の知れた榛名山中腹にある温泉郷。


麓の沼川市から車で30分。


山の斜面に張り付くような温泉街はホテルや旅館が立ち並ぶ。


県内外から多くの観光客や宿泊客が訪れ活気ある温泉地。


9月1日


午前8時


朝から暑い日だった。


渋沢駅のバスターミナルの一番端に到着した一台の小型路線バス。

今日から学校が始まる。

まるで、女子が男子の制服を着たような感じの鈴木優が降り立った。


 数人の高校生が、到着したバスに駆け寄って来る。

「これは沼川駅方面の代行バスですか?」とバスの運転士に質問をしている。

「ゴメンね。これは渋沢駅と佐々山駅を結ぶ小湯線のバスだよ」

運転士は運転席に座り手板に乗降人数を書きながら返答した。

ガッカリした高校生達は、再び長蛇の列の最後尾に並び直している。

ハンドマイクで「バスが遅れています。ご迷惑おかけします」と叫んでいる。

駅員だけでなく、腕章を付けた佐々電本社の他部署の社員も駆り出されているようだ。

「おい。テメエ。大惨事引き起こして。どれだけ迷惑かければ気が済む」

怒鳴る男性客。

諦めて携帯電話でゲームをして暇を潰している高校生達は呆れ顔だ。

ようやく一台の代行バスが駅前に姿を見せる。

鉄道の輸送力は、バスの輸送量と比べものにならない。

まして夏休み明けの、学校が始まる初日で学生達のパニックは想定内。

代行バスを依頼していたバス会社も、当然ながら自社の定期運行の路線バスが優先になる。

バスの車両手配、運転するドライバーの手配も十分では無いのは解っていた。

 普段から佐々山電鉄を利用しないマイカー通勤の渋滞に増して、佐々電の代行バスが駅前で道路を塞ぎ乗降させる事で渋滞は悪化。

何よりも、可愛い我が子をマイカーで送迎をする保護者も居るので、佐々電と

平行する県道の道路容量がパンクしてしまった。

ようやく遅れてきた一台の代行バスに並んでいた人達は我先にと出入り口に駆け寄る。

整列乗車を無視して、下車客を待たずに車内に入ろうとするサラリーマン。

それに高校生達も便乗してパニック状態になった。

次は、いつ来るか解らない代行バス。

「整列乗車お願いします」駅員が叫ぶと、誰かが怒鳴り駅員は歩道に押し退けられた。

バスの運転士も「すいません。定員超えました。何人か下車願います」と誓願。

優の従姉妹の愛理は、早朝六時のバスに乗れたが、未だに沼川市の手前で缶詰めらしい。

沼川市内の群馬県立沼川女子高校に通う従姉妹の愛理も道路渋滞に巻き込まれている。

 優は、そんな光景を見ていたので、自分の横に女子生徒がいることに気がつかなかった。

「おおっ。コレは予備車両で滅多に走らない珍しいバスだ」

優が乗ってきた小湯線の古びた小型路線バスを一生懸命に写メで撮影している

女子高生。

セミロングの黒髪。

身長160cmの小柄な女子。

「おう。おはよう」

振り向かずに挨拶を返した。

渋沢実業高校の女子の制服である薄水色のジャンパースカート姿。

美佳は、制服のスカートの丈を短くしない信念があり他の女子の事をパンツを見せてあるく変態とすら言っていた。

「あー。ついにアタシも変態の仲間入りかぁ」

優は「美佳ちゃん。誤解を生むから!とりあえず世間の女子高生に謝って」
  
美佳は恥ずかしそうに制服のスカートの裾を左手で押さえながら優の顔を見る。

 佐々電の事故で制服が汚れて着られなくなった。

 佐々電が新しい制服を弁償してくれると言っても、オーダーメイドの美佳に合わせた制服が早急に用意される筈がなく、美佳は暫く卒業した先輩の古着の制服を着て学校に通う。

 それゆえに、美佳は短いスカート姿なのだ。

乗客として乗っていた美佳は右手を骨折して首から包帯で吊っている。

「畜生。落ち着かない。精神的に性に合わない」

優は「可愛いよ」というと美佳は顔を真っ赤にして優を無言で殴った。

「アタシより可愛い女子みたいな男子に、真顔で可愛いとか言われると腹が立つ」

優は、黙っていれば女子にしか見えない。

 漫画とかなら可愛い男子は許されるが、現実に女子より可愛い男子が居れば嫌われ者だ。

 優は、見た目だけで街を歩くだけで見知らぬ第三者から擦れ違いざまに暴言を吐かれる。

 そんな精神的に追い詰められた優は、登校拒否になり引き籠もりになる。

前橋市内のまちつくり市民会議に招かれて才能を開花させた。優は自信を取り戻した。

昨日まで、夏休みだった優と美佳。

渋沢駅前から歩きだす。

さっき到着した代行バスは、麓の佐々電沼川駅から運休している列車の代行で走行するバス。

「佐々電最低」

「明日からママに送迎して貰う」

沼川方面から代行バスに乗ってきた生徒達は口々に不平不満を言っている。

渋沢温泉郷の外れにある群馬県立渋沢実業高校まで徒歩8分。

県営スケートセンターの手前にある下り坂の先にある公立高校だ。

実業高校なので、県内各地から生徒が佐々山電鉄を利用して登校してくる。

この学校では、2期制では無く3学期制。

通学路は、いつもより歩いている生徒は少ない気がした。

「美佳ちゃん。佐々電が動かないから今日は始業式が一時間遅れだってさ」

「マジ。アタシ頑張って早起きして損した」

下り坂を降りていくと、白い校舎が見えてきた。

優と美佳は、普段なら部活の朝練で賑やかな筈の校庭を堂々と真ん中を横断して歩く。

校舎の窓が開いていてザワザワと声がしている。

上履きに履き替えて階段を登り二階の廊下を教室に向かう。

「優。明日は実力テストだろ。勉強した?」

「夏休みの宿題プリントから出題とか言っていたよね」

登校日を休んだので約一ヶ月ぶりの教室。

「おはよう。美佳。鈴木」

女子達が駆け寄ってきた。

美佳としては怪我を心配されると思って居た。

「美佳。どうした!」

美佳は、既に返答を用意していたが。

「うわっ。美佳がミニスカ。世も末だ」

「佐々電の電車事故で頭でも打ったのか?」

「おいおい。それより先に心配する事があるだろ」

美佳は、左手で骨折した右手を指さした。

「悪い。美佳のミニスカの方がインパクト大きくて」

女子達は、珍しい美佳の制服姿を撮影し始めた。

「鈴木も、大変だったね。お前達さ。いつでも一緒だね。付き合っているの?」

美佳は、「あー。それね。アタシさ。優の嫁になることにしたから」

暫くしてから女子達が悲鳴とも歓声とも取れない驚きの声を発した。

「嫁?」

「彼女ではなく嫁?」

「美佳。おまえ相変わらずだけど。ぶっ飛んでいるな」

「そういうことだから、優にチョッカイださないように」

優は恥ずかしそうに下を俯いている。

女子達は「美佳。オマエ。自分より美少女な彼氏って。勇気あるな」

美佳は拳を上げた。

男子が「先生来たぞ」と叫ぶ。生徒達はガタガタと席に座る。

教室に担任の山田教諭が入ってくる。

日直が号令を掛けようとして「いや。いいよ。鈴木と佐藤美佳だけ校長室へ」と指示をだす。

黒板に、カツカツと白墨で“始業式一時間遅れ教室で待機”。

「ほい?アタシと優だけ?」

美佳が聞き返すと、山田教諭は「とりあえず、ついてこい」と言い教室を後にした。

廊下を歩きながら、紺のスーツ姿で少し小太りな三十代独身の山田教諭は

「鈴木。学校にも報告しろよ。職員室では偉い騒ぎだ。我が校から天才が出たって」

インスタントハッピーカンパニーの正式メンバーに優の名前が登録されているそうだ。

各分野の天才中高生だけで構成されるインスタントハッピーカンパニー制度というスペシャリスト集団で、国や各企業の研究所が研究資金や特別制度で優遇して才能を育てる制度。

職員室に入ると他の先生が一斉に優を見る。

山田教諭は職員室の隣にある校長室のドアを叩いた。

校長室には、防衛省幹部の神林が座っていた。

防衛省の制服ではなく普通のスーツ姿だ。

美佳も優も、学校側にはアメリカの秘密基地の事は伏せているのだろうと察した。

「おおっ。鈴木君。まぁまぁ座って」

校長と教頭は誇らしげに優と美佳を褒め称えた。

そして、優の肩を揉みながら

「インスタントハッピーカンパニー。凄いね」

美佳は、ぶすっとした顔で

「アタシは。お呼びではないようですね」と悪態をつく。

「いやいや。佐藤さんも重要な仕事があるそうだ」

優も美佳も、大体の見当はついていた。

「京子とか智ちゃんとか。頭の良い子にさせればいいよ」

美佳が言うと校長は

「佐々山電鉄の問題を解決して欲しいそうだ。地元高校生応援団」

美佳と優は、ようやく神林の意図を汲み取った。

神林は、そんな優と美佳に

「前とは肩書きが変わりましてね」と名刺を渡す。

初対面ではない。

でも正式に名刺を貰うのは始めてだ。

佐々電の社紋の入った名刺。

「佐々山電鉄株式会社・代表取締役社長・・・・・・」

「今日付けで佐々電の社長に就任した。公募社長という形での就任だ」

「鈴木君と佐藤さんのスポンサーは佐々電」

インスタントハッピーカンパニー制度は、必ず企業の支援が入る。

 神林は美佳に

「まず佐藤さん。放課後と学校が休みの日に佐々電の運輸部でアルバイトをし
て貰う」

「貰う?アタシの選択権はないのですか?」

「佐藤さんは桐生の佐羽さんの元で修行をして貰う。佐々電を早期に運転再開したい」

「ほほぉ」と美佳は興味を持ち始めた。

「佐羽さんの方は、さっそく仕事があるそうです。9月末に群馬県の私鉄三社
合同イベント」

 過去のイベントのパンフを貰う美佳は、さっそく内容を確認し始める。

「ほうほう。なるほど。ミニトレイン運行か。うん。これは良い勉強になる
よ。頑張る」

美佳が貰った資料には、過去の参加イベントの様子やミニトレインという乗用
可能な小型模型列車の写真が載ったパンフ。

本来の活動目的である公共交通利用促進のメッセージが書かれた用紙。

美佳は、それを一読すると

「アタシは、いつから参加すれば良いの?」

神林は、手帳を見ながら

「第一土曜日にわたらせ渓谷鐵道の駅で清掃を兼ねた例会があります」

美佳はスカートのポケットから小型の手帳を取り出してスケジュールを確認する。

「九月が始まったばかりだから今週末の土曜日。オッケー。それで何時から?」

「午前8時・わたらせ渓谷鐵道の下新田駅集合」

「桐生に朝の8時?ちょっと待ってよ。沼川市に出て国越線。両毛線。桐生乗り換え」

校長が慌てて大型時刻表を棚から引き出し持って来て美佳に渡す。

「校長。すいません」

「うわっ。同じ群馬県内でも始発でも間に合わない」

続けて「交通費も馬鹿にならない。前泊するにもホテル代が掛かるし。無理だよ」

神林は、そんな美佳に笑いながら

「お金の心配は要らない。ビジネスホテル程度と交通費なら申請すれば佐々電が支払います」

「おおっ。経費で落ちるの?佐々電は運行再開の資金が無くて困っている筈なのに?」

「国家予算からでます。でも現実の佐々電の財政に合わせて額は制限されます」

 神林は続けて「話は変わりますが、佐藤さんは自宅にパソコン。ネット繋がっていますか?」

「繋がってなかったけどギャピーが来たから使えるようになったよ」

「ギャピー?まさかドシキモ社の人形型ロボットですか?」

神林は怪訝な顔をした。

「ギャピーは有名なの?」

「まぁ。鈴木君がインスタントハッピーカンパニー制度に抜擢された段階で、
京子さんや南原さんとの接触があったのは把握していましたが。まさか佐藤さ
んがギャピーシステムを保有しているとは」

「あー。確かに京子の野郎と智ちゃんは西洋人形のギャピーを持って居たな」

「ギャピーシステムは何処で入手しました?南原さんからの直接譲渡ですか?」

正直に美佳は、街外れのオバケ屋敷で拾得して南原に認証を貰った事を告げた。

「仕組まれていますね。ドシキモ社は最初からギャピーを美佳さんに渡るようにしていた」

「そうなの?」

「ギャピーを使って情報を入手しようとしている可能性が高い」

「あー。大丈夫だよ。アタシのギャピーは悪い奴じゃないよ」

「ギャピー搭載機能を使わずに、政府の専用機器接続に切り替えてください。
国家機密も全て暗号化されてギャピーには関知されないようになります」と神林は言う。

「でも仮に、ギャピーが情報を入手するために送り込まれたなら、アタシが新しい通信機器を貰ってきたら疑うよね」

 神林は「大丈夫。佐藤さんが周囲からもドシキモ社からも疑われない方法で通信機器は受け取れるように手配しました」と説明をした。