私は、妖精に相談したい。

          ◇

 私には、叔母さんに、返しても返しきれない恩がある。

 始まりは、高校受験だった。
 第一志望の高校に落ちたとき、両親は特に私を責めたりはしなかった。

「残念じゃったね」
「まあけど、後々大事なのは大学じゃし。高校でがんばればええんよ」

 そんな風に言われて、私はほっと息をついたものだった。

 受験に失敗した第一志望は、公立高校だった。
 都会のほうでは私立高校のほうがランクが上だとかいうけれど、ここらへんでは公立高校のほうが進学校として名を馳せている。

 その上、家からも近かった。
 授業料も安く、交通費もあまりかからず、さらには進学校としてレベルが高い。
 何一つデメリットのない進学先だったのに、私はそこに受からなかった。

 本当は両親は、落ちたときに責めたかったのだろうと思う。
 これからどうするの、私立だなんて授業料が高すぎる、それでいて難関大学への進学率は低い。親戚にだってなんて言えばいいの、皆、そこに受かっているのに。どうして合格できなかったの、努力が足りなかったんじゃないの、と。

 しかし人として親として、それはしてはならないと考えたのだろう。
 そしてそれは彼らの優しさというよりは、世間一般ではそうだから、自分たちもそうしなければならない、と考えていたように思う。

 けれど滑り止めの私立高校に通うようになって、彼らは次第にブツブツと言うようになった。
 予想外にかかるお金に疲弊していった両親は、それでも私を責めてはならないと自身を諫めていたのだろう。面と向かって受験失敗を責められることはなかった。
 けれど、彼らだって完璧超人なんかではないのだ。どこかに当たらないとやっていけなかったのだろう。

 通学のための電車代や、参考書代を貰うときですら、「高いねえ」とため息とともに言われる。
 私はそれを聞くたびに、「あんたが合格さえしていれば」と言われているような気分になった。

 そして夫婦の会話はお金のことばかり。
 夜、二人がリビングで話をしているのをうっかり聞いてしまうこともあった。

絵里(えり)の学費、キツいんよ。お父さんの小遣い、ちぃと減らしてもええ?」
「はあ? なんでじゃ。お前が無駄遣いしよるんじゃないんか」
「ウチにも付き合いいうのはあるんよ。お父さんだって行かんでもええ飲み会だってあるじゃろ」
「ないわ、そんなもん」

 そう言って二人してため息をついた。
 リビングに入ることもできずに廊下に立ち尽くしたままの私の肩が、そのため息に反応してピクリと震える。

「絵里がねえ……なんで落ちたんかね」
「お前に似たんじゃろ」
「なんでよ! ウチの親戚は皆、出来がええわ。あんたに似たんじゃわ」
「はあ? ああ、ほうじゃ。お前の妹、そうでもないんじゃないんか」
美代子(みよこ)はそれでも高校のときは成績が良かったけえね。やっぱりあんたんとこじゃわ」
「お前はうちの親戚が気に入らんだけじゃろ。はあ気分悪いわ。寝る」

 父が舌打ちするとともにソファから立ち上がる気配がして、私は慌てて踵を返し、足音を立てないように気を付けながら自室に戻った。
 そしてベッドの中に潜り込むと、息を殺して涙を零す。
 努力はしたつもりだった。がんばったつもりだった。けれど、つもり、ではどうにもならない。やはり私の努力は足りなかったのだろう。結果が伴わなければ、何一つ意味がない。
 確かに、母方の親戚は皆、私が落ちた公立高校、または同レベルの高校に行っている。
 私だけだ。私だけが、出来が悪かった。
 私は、『出来損ない』なのだ。

 そのころから私は、なんとなく、父と母から距離を置くようになり、彼らも必要以上に私に構うことはなくなっていった。
 ギクシャクとした空気が、いつも家の中に漂っていて、息が詰まりそうな日々が続いていた。