カラン、とまたドアベルが鳴り、私はそちらに振り向く。
 なかなか繁盛している様子だ。そろそろカウンターも埋まってきた。残念だけれどお開きの時間が近づいているのかな、とこっそりため息をつく。
 今、少し、楽しいのに。もう少しだけ……一緒にいたいのに。

「いらっしゃいませー」
「あれ?」

 男の人が二人連れで、扉のところに立っている。そしてなぜか首を傾げていた。

「ええと、なんか雰囲気違う?」
「え?」

 かえでママと樹里ちゃんが、顔を見合わせている。
 そして男の人のうちの一人が、かえでママに訊く。

「ママはまだ?」
「今は私がママをやらせてもろうとります」

 かえでママは、なにやら納得したようで、そう言ってうなずいた。

「そうかあ」

 男の人たちは、なにやらぼそぼそと話し合っている。
 かえでママが、扉のほうに向かって歩いて行く。

「どうなさいます? ほいでもボトルを入れとっちゃっても、前のママのときのボトルじゃったら流しとると思いますよ」
「まあ三年か四年くらい前じゃけえ、そうじゃろうね」

 そう言って、その男の人たちはうなずいた。

「今日は店のボトルで飲まれます?」
「ほうじゃね、そうしてもらえる?」
「ではどうぞ」

 そう言って、かえでママは二人を中にうながした。

 今までの話を総合するに、あやかママはかえでママの前のママ、ということなのだろうか。
 そうだとしたら、今はあやかママはどこにいるのだろうか。

 違う店にいるのなら、第二新天地公園で訊いたとき、そっちの店を教えてくれればそっちに行ったのに。
 まあ、この店も居心地がよくて、それはそれでいいのだけれど。
 私の疑問は、新しく入って椅子に座った男の人たちが口にした。

「前のママ、どうしたん? 系列でも出したん? それとも辞めたん? オーナーママじゃったように覚えとるんじゃけど」
「もうおらんのですよ」
「え?」

 かえでママは、上を指さしてにっこりと笑った。
 男の人たちは顔を見合わせる。

「え、四階?」
「違う違う」

 かえでママは、ひらひらと手を振って苦笑する。

「お星さまになったんですよ」

 店内がしん、となる。
 斎藤さんと樹里ちゃんは知っていたのか、黙って飲み物に口を付けていた。

 お星さまになった、つまり、亡くなった?
 あやかママが?

 呆然としている私を他所に、かえでママと男の人たちの会話は続く。

「ああ、ほうねえ……」
「ほいで娘の私が引き継いどります」
「娘さん? こんなに大きい子どもがおったんか!」
「ほうですよー」
「そうは見えんかったけどなー」

 いや、あやかママが亡くなったとは限らない。今の話では、亡くなったのはあやかママだとは確定していない。

 前のママがオーナーママだったというなら、今はあやかママがオーナーで経営だけに携わっているだけかもしれない。ママが二人いる店は、ないこともないのだ。
 それで、かえでママの前のママは、かえでママのお母さんで。その方が亡くなったのかもしれない。
 ちょっと強引かもしれないけれど、考えられなくもない。

 だって、あの第二新天地公園で会ったあやかママは、そんな……幽霊には見えなかった。
 私のこの肩を叩いて笑っていたあの人は、そんな存在には思えなかった。

 幽霊なんかじゃない。
 だとしたら、何と表現するのか。
 ……妖精。

 私がそんなことを考えている間に、男の人たちはなにやら話し合っている。

「えーと、なんじゃったかの。たぶん名刺が……」
「なんでそんな昔の名刺を持っているんですか。名刺入れ、パンパンじゃないですか、整理したほうがいいですよ」
「面倒でのう」

 そんなことを言いながら、取り出した名刺を繰っている。
 そして一枚の名刺を抜き出した。ピンク色の名刺。

「あったあった。ほうじゃほうじゃ、あやかじゃ。あやかママじゃ」

 私はその名前に、思わずそちらに目を向けた。
 なぜか課長も驚いたようにそちらを見ている。

「亡くなったんか。明るうて、ええ人じゃったけどのう」

 かえでママは、その言葉に、小さく微笑んでいた。