なんにしろ、私はすでに酔っているのだし。本当に妖精なんてものが存在しているのかもわからないし。
なんでもいいや。
そういう考えに至ると、私は本題に入る。
「あのですね」
「うん」
なんでもいいや、と思った割に、私は次の言葉をなかなか言えなかった。
もじもじと膝の上で自分の指を弄ぶ。
言わなきゃ、言わなきゃ、待ってくれているのだし、と心の中で何度か自分を叱咤して、ひとつ深呼吸をしたのち、私はようやく口を開いた。
「私、不倫しとってですね」
「うん」
「いや、不倫だって知らんかったんですけどね。いつの間にかさせられとった、っていうか」
「うん」
あやかママは、ただただ相槌を打ちながら、私の話に耳を傾けている。
よかった。私は心の中でほっと安堵のため息をつく。
もしここで『理由はどうあれ不倫なんて』と言われていたら。いやそこまではっきり言わなくとも、『えー不倫?』としかめ面で言われたとしたら、そこで話は終わり、私はこの公園から立ち去っていただろう。
ホステスさんだから、不倫カップルなんてたくさん見てきたのだろうか。だから何とも思わないのだろうか。いや、それは偏見なんだろうけれど。
けれどとにかく、彼女からは私の話に対する嫌悪感はまだないように感じられた。
なら、話を進めてもいいよね、と勝手に判断する。
酔っているからか、少しずつ私の口の滑りも良くなってきた。
「彼との出会いが、婚活パーティなんです。まさか既婚者が混じっとるだなんて思わんでしょう?」
「そりゃあ思わんねえ」
あやかママは、ああー、という口の形のままで、うんうん、とうなずいた。
一人じゃ心細い、という友人の誘いに乗って私も参加した。正直なところ、もしかしたらいい人がいるかもしれない、という期待もあった。
もう二十六歳だし、そろそろ結婚を考える相手がいたらいいな、とは思っていたのだ。
ここ数年、彼氏なんていなかったから。
婚活パーティで出会った彼は、あまりがっついたところのない人で、スマートで素敵だな、と思ってしまった。
今思えば、妻がいるからがっついていなかっただけなのだとわかる。
「ほいで、付き合い始めて。いたって順調で。もしかしたら本当にこのまま結婚するんかな、なんてちょっと期待しとったら、ある日突然、奥さんの弁護士が会社に来たんです」
「ありゃ……」
あやかママは、頬に手を当てて眉尻を下げた。
それは大変だったわね、と顔に書いてあった。
「だって! 結婚しとるなんて、知らんかったんですよ! 私、知らずに不倫しとったんですよ!」
「ああー、なるほどねえ」
私の強い口調に、あやかママは、何度もうなずく。
「私、不倫女扱いですよ! 騙されたのはこっちなんですよ!」
興が乗ってきたのか、私はこぶしを握って、ぶんぶんと振った。
自分の正当性を殊更に主張するように。反論を許さないかのように。なにかをごまかすかのように。
「ほうじゃねえ」
あやかママはそんな私に特に驚くこともなく、ただただうなずいている。
その様子があまりにも拍子抜けで、私は少しだけ落ち着きを取り戻し、声のトーンをちょっとだけ下げた。
「会社の人に事情は説明したんです。でもそれからずっと疑惑の眼差しで見られてしもうて。一応、私の言い分は聞いてはもらえたんですけど、今でも信じられとるかどうか……」
本当に、結婚しているのを知らなかったの? 気付かなかった?
何度そう言われたか、わからない。
そのたび、私は言った。言い続けた。
『私は知りませんでした。まったく気付きませんでした』と。
けれどその言葉を本当に信じてくれたのは、何人いたのだろう。
そうだ。目の前のこの人だって、私の話を信じているのかはわかりはしない。
私はまるで、今まで信じてもらえなかった不満をすべてぶつけるように、あやかママに向かって言った。
「知らんよおー! 単身赴任なんじゃけえ、わかりゃしませんよー!」
「なるほどねえ。うん、それはわからんじゃろうねえ」
あやかママは、私の言葉をすべて肯定して、うんうん、とうなずくばかりだ。
その通り、あなたの言う通り、何も間違っていない。
そんな風に思っているように感じる。
なんでもいいや。
そういう考えに至ると、私は本題に入る。
「あのですね」
「うん」
なんでもいいや、と思った割に、私は次の言葉をなかなか言えなかった。
もじもじと膝の上で自分の指を弄ぶ。
言わなきゃ、言わなきゃ、待ってくれているのだし、と心の中で何度か自分を叱咤して、ひとつ深呼吸をしたのち、私はようやく口を開いた。
「私、不倫しとってですね」
「うん」
「いや、不倫だって知らんかったんですけどね。いつの間にかさせられとった、っていうか」
「うん」
あやかママは、ただただ相槌を打ちながら、私の話に耳を傾けている。
よかった。私は心の中でほっと安堵のため息をつく。
もしここで『理由はどうあれ不倫なんて』と言われていたら。いやそこまではっきり言わなくとも、『えー不倫?』としかめ面で言われたとしたら、そこで話は終わり、私はこの公園から立ち去っていただろう。
ホステスさんだから、不倫カップルなんてたくさん見てきたのだろうか。だから何とも思わないのだろうか。いや、それは偏見なんだろうけれど。
けれどとにかく、彼女からは私の話に対する嫌悪感はまだないように感じられた。
なら、話を進めてもいいよね、と勝手に判断する。
酔っているからか、少しずつ私の口の滑りも良くなってきた。
「彼との出会いが、婚活パーティなんです。まさか既婚者が混じっとるだなんて思わんでしょう?」
「そりゃあ思わんねえ」
あやかママは、ああー、という口の形のままで、うんうん、とうなずいた。
一人じゃ心細い、という友人の誘いに乗って私も参加した。正直なところ、もしかしたらいい人がいるかもしれない、という期待もあった。
もう二十六歳だし、そろそろ結婚を考える相手がいたらいいな、とは思っていたのだ。
ここ数年、彼氏なんていなかったから。
婚活パーティで出会った彼は、あまりがっついたところのない人で、スマートで素敵だな、と思ってしまった。
今思えば、妻がいるからがっついていなかっただけなのだとわかる。
「ほいで、付き合い始めて。いたって順調で。もしかしたら本当にこのまま結婚するんかな、なんてちょっと期待しとったら、ある日突然、奥さんの弁護士が会社に来たんです」
「ありゃ……」
あやかママは、頬に手を当てて眉尻を下げた。
それは大変だったわね、と顔に書いてあった。
「だって! 結婚しとるなんて、知らんかったんですよ! 私、知らずに不倫しとったんですよ!」
「ああー、なるほどねえ」
私の強い口調に、あやかママは、何度もうなずく。
「私、不倫女扱いですよ! 騙されたのはこっちなんですよ!」
興が乗ってきたのか、私はこぶしを握って、ぶんぶんと振った。
自分の正当性を殊更に主張するように。反論を許さないかのように。なにかをごまかすかのように。
「ほうじゃねえ」
あやかママはそんな私に特に驚くこともなく、ただただうなずいている。
その様子があまりにも拍子抜けで、私は少しだけ落ち着きを取り戻し、声のトーンをちょっとだけ下げた。
「会社の人に事情は説明したんです。でもそれからずっと疑惑の眼差しで見られてしもうて。一応、私の言い分は聞いてはもらえたんですけど、今でも信じられとるかどうか……」
本当に、結婚しているのを知らなかったの? 気付かなかった?
何度そう言われたか、わからない。
そのたび、私は言った。言い続けた。
『私は知りませんでした。まったく気付きませんでした』と。
けれどその言葉を本当に信じてくれたのは、何人いたのだろう。
そうだ。目の前のこの人だって、私の話を信じているのかはわかりはしない。
私はまるで、今まで信じてもらえなかった不満をすべてぶつけるように、あやかママに向かって言った。
「知らんよおー! 単身赴任なんじゃけえ、わかりゃしませんよー!」
「なるほどねえ。うん、それはわからんじゃろうねえ」
あやかママは、私の言葉をすべて肯定して、うんうん、とうなずくばかりだ。
その通り、あなたの言う通り、何も間違っていない。
そんな風に思っているように感じる。