昼休みに入り、女性社員たちは弁当を持って会議室に入って行く。
男性社員たちは外回りに出ている者もいるし、近くの定食屋に行く者もいる。既婚者の中には弁当を持ってきている者もいて、そういう人は、応接室で昼食を広げている。
俺はたいていは近くの定食屋に行っているのだが、今日は朝、コンビニに寄って弁当を買ってきた。
残念ながら我が社から一番近いコンビニは、少し遠くて昼休みの間に行くには時間がかかり過ぎるので、朝の通勤途中で買うほうがいい。その弁当を温めたいのだが、給湯室に一つしかない電子レンジは、女性社員を含む弁当持参組が列をなすので、それを待つのが面倒くさい。
そんなわけで、コンビニ弁当よりも定食屋という選択を毎日しているわけだが、今日は止めた。温かい定食屋のうどんより、冷えた弁当だ。
なぜなら、元木さんは昼休みは一人で自分のデスクで弁当を広げているからだ。
昼休みのフロアは、節電のために電気を消していて薄暗い。その中で黙々と弁当を食べている姿は、なんだか物悲しい。
けれど女性社員たちのあの雰囲気の中で食べるよりは、自分のデスクのほうがいいのかもしれない。あるいは、女性社員たちにヒソヒソやられて、追い出される格好になったのか。
というか、必然的にフロアには一人しかいないので、電話番を彼女一人でしていることになる。
どうしてこれまで気付かなかったのか。欲情している場合でもなかった。
元木さんの退職日まで、あと五日。本当は有休を消化するため、すでに会社からはいなくなっている予定だったのだが、いい人が見つからないのだ。なので部長が元木さんに拝み倒して、今週末までいてもらうことになっている。
そのとき、念のため慰留してはみたのだが、彼女はにっこり笑ってこう言った。
「大丈夫ですよ、私のやっとることなんて大したことないですし。マニュアルを作っておきますから、それを見たら誰でもできるようにしておきます」
もう部長と二人で頭を下げるしかない。
そしてその言葉は、もう絶対に延長はないことを示していた。当たり前だ。
そんなときにもう一つ厄介ごとを持ち込むのは申し訳ないのだが、けれどこちらもなりふりは構っていられない。
俺は弁当を持って、元木さんの隣のデスクに腰掛けた。
「課長?」
元木さんは箸を持ったまま、顔を上げる。
「いや、これからは俺も昼の電話番をしないといけないかもしれないし」
彼女がいなくなって、もしも次の人が見つからなかったとしたら、彼女の仕事を被るのは俺ということになっている。
つまり当然、昼の電話番は俺になる。
しかし元木さんは、くすりと笑うと言った。
「たぶん、私がおらんようになったら、他の人が帰ってくると思いますよ」
そうなのだ。元々、女性社員たちが持ち回りで電話番をしていたはずだ。けれど元木さんが自分のデスクで弁当を食べることになった結果、彼女たちは会議室に籠ることとなったのだろう。
公私混同も甚だしい。いや、彼女を口説こうとしている俺が言えた義理ではないが。
「ごめん……気付いてなくて」
「謝らんといてください。それにもう、あと少しですし」
そう言って、にっこりと微笑む。
なんというか、退職願を提出してから、彼女はなにか吹っ切れたような感じがする。
「ちょっと、元気になった?」
「まあ、ほうですね。いろいろすっきりしました」
言いながら、弁当の中の卵焼きに手を付ける。
俺もコンビニ弁当をガサガサと開けた。
そしてしばらく沈黙が続く。二人して、黙々と弁当の中身を口に運ぶ。
いや、なにをしに来たんだ、俺は。
電話番……をしに来たわけだが、本来の目的は違う。
そもそも、俺のデスクの上にも電話はあるわけで、電話番だけなら、わざわざ隣に座る必要もないのだ。
「元木さん」
「はい?」
呼びかけに応えて、彼女はこちらに振り向く。
いやもう俗物ですみません、と言って話を打ち切りたくなってきた。
しかし、そんなわけにはいかないのだ。
男性社員たちは外回りに出ている者もいるし、近くの定食屋に行く者もいる。既婚者の中には弁当を持ってきている者もいて、そういう人は、応接室で昼食を広げている。
俺はたいていは近くの定食屋に行っているのだが、今日は朝、コンビニに寄って弁当を買ってきた。
残念ながら我が社から一番近いコンビニは、少し遠くて昼休みの間に行くには時間がかかり過ぎるので、朝の通勤途中で買うほうがいい。その弁当を温めたいのだが、給湯室に一つしかない電子レンジは、女性社員を含む弁当持参組が列をなすので、それを待つのが面倒くさい。
そんなわけで、コンビニ弁当よりも定食屋という選択を毎日しているわけだが、今日は止めた。温かい定食屋のうどんより、冷えた弁当だ。
なぜなら、元木さんは昼休みは一人で自分のデスクで弁当を広げているからだ。
昼休みのフロアは、節電のために電気を消していて薄暗い。その中で黙々と弁当を食べている姿は、なんだか物悲しい。
けれど女性社員たちのあの雰囲気の中で食べるよりは、自分のデスクのほうがいいのかもしれない。あるいは、女性社員たちにヒソヒソやられて、追い出される格好になったのか。
というか、必然的にフロアには一人しかいないので、電話番を彼女一人でしていることになる。
どうしてこれまで気付かなかったのか。欲情している場合でもなかった。
元木さんの退職日まで、あと五日。本当は有休を消化するため、すでに会社からはいなくなっている予定だったのだが、いい人が見つからないのだ。なので部長が元木さんに拝み倒して、今週末までいてもらうことになっている。
そのとき、念のため慰留してはみたのだが、彼女はにっこり笑ってこう言った。
「大丈夫ですよ、私のやっとることなんて大したことないですし。マニュアルを作っておきますから、それを見たら誰でもできるようにしておきます」
もう部長と二人で頭を下げるしかない。
そしてその言葉は、もう絶対に延長はないことを示していた。当たり前だ。
そんなときにもう一つ厄介ごとを持ち込むのは申し訳ないのだが、けれどこちらもなりふりは構っていられない。
俺は弁当を持って、元木さんの隣のデスクに腰掛けた。
「課長?」
元木さんは箸を持ったまま、顔を上げる。
「いや、これからは俺も昼の電話番をしないといけないかもしれないし」
彼女がいなくなって、もしも次の人が見つからなかったとしたら、彼女の仕事を被るのは俺ということになっている。
つまり当然、昼の電話番は俺になる。
しかし元木さんは、くすりと笑うと言った。
「たぶん、私がおらんようになったら、他の人が帰ってくると思いますよ」
そうなのだ。元々、女性社員たちが持ち回りで電話番をしていたはずだ。けれど元木さんが自分のデスクで弁当を食べることになった結果、彼女たちは会議室に籠ることとなったのだろう。
公私混同も甚だしい。いや、彼女を口説こうとしている俺が言えた義理ではないが。
「ごめん……気付いてなくて」
「謝らんといてください。それにもう、あと少しですし」
そう言って、にっこりと微笑む。
なんというか、退職願を提出してから、彼女はなにか吹っ切れたような感じがする。
「ちょっと、元気になった?」
「まあ、ほうですね。いろいろすっきりしました」
言いながら、弁当の中の卵焼きに手を付ける。
俺もコンビニ弁当をガサガサと開けた。
そしてしばらく沈黙が続く。二人して、黙々と弁当の中身を口に運ぶ。
いや、なにをしに来たんだ、俺は。
電話番……をしに来たわけだが、本来の目的は違う。
そもそも、俺のデスクの上にも電話はあるわけで、電話番だけなら、わざわざ隣に座る必要もないのだ。
「元木さん」
「はい?」
呼びかけに応えて、彼女はこちらに振り向く。
いやもう俗物ですみません、と言って話を打ち切りたくなってきた。
しかし、そんなわけにはいかないのだ。