「あの、あやかママは、なんでこんなところにおって(いらっしゃる)んですか」

 何からしゃべればいいのかわからなくて、私はそんなことを訊いてみた。
 ひとまず話の取っ掛かりというものはいるのかな、と思ったからだ。

「なんでじゃろうね?」

 けれど返ってきたのは、そんなとりとめのない言葉だった。

「ママって言うからには、お店はあるんですよね?」
「うん、あるよー」

 そう言って、あやかママは、すぐ近くの雑居ビルを指さした。

「あのビルの三階の一番奥。『エスケープ』ってスタンド」
「はあ……」

 行ったことはないけれど、あのビルの中にはたくさんのスタンドが入っているのは知っている。
 では、妖精云々はやっぱり噂話とかのその類で、あやかママはそれに乗っかっただけなのだろうか。妖精のふりをしては客の呼び込みとかしているんだろうか。

 人通りがないのも、たまたま今日のこの時間、途切れてしまっただけなのだろうか。
 『とうかさん』というお祭りのときには中央通りは車両の通行禁止をするのだし、ありえない話ではないのかもしれない。

「ほうじゃ、知っとった?」

 私の思考を遮るように、唐突にあやかママは言う。

「スタンドって方言なんじゃって」
「えっ」
「驚くよねー。県外の人には通じんのんよ。スタンドってガソリンスタンド? って言われたりするんじゃけえ」

 そう言ってケラケラと笑う。
 それは知らなかった。

「じゃあ、標準語じゃあ、なんて言うんですか」
「スナック、みたいなんじゃけど、なんかちょっと違う気ぃするよねえ」
「はい」

 十席ほどのカウンター席。ボックス席は一つ。広いところならもう一つ。それからカウンターの内側にはマスターかママがいる。それがスタンドというものの気がする。店は狭くて。薄暗くて。
 テレビで見るスナックのイメージとほとんど変わらないような気もするけれど、ちょっと違うような気もする。

「バー?」
「あー、バーのほうが近いんかね」
「最近は、ラウンジって言うところ、ありますよ」
「ラウンジって、ちょっと広いところみたいな気ぃするんよね。あと九州のイメージ」
「へえ」
「それと、若い女の子がおる気がする。カウンターを挟まんと接客するみたいな」
「若いって……あやかママはおいくつなんですか」
「いやじゃー! 女に年を訊きんちゃんなやー!」

 またケラケラと笑いながら、私の肩に軽く手を置く。
 見たところ、三十歳過ぎの気がするけれど、そう言うからには聞かないほうがいいんだろう。もしかしたら見た目よりは上なのかもしれない。

 というか、私はいったい何をしているんだろう、なんでホステスさんと話をしているんだろう、とため息をついたところで。

 あやかママは言った。

「ほいで?」
「え?」
「ウチとなんか話をしたいんじゃないん?」

 あやかママは手に持ったビール缶を軽く掲げながら、小さく首を傾げた。
 二本のビールと引き換えでしょう? とでも言いたげだった。

「相談というか……ちょっと聞いてもらいたいだけなんですけど……」

 でも私がしゃべりたかったのは、妖精に対してだ。
 ホステスさんにしゃべりたかったら、それこそ、スタンドに行ったほうが早いのではないか。でもホステスさんがいるスタンドに心当たりはないけれど。
 いや、まったくないわけではないけれど、会社の人に連れられて行ったようなところばかりだ。
 自分の行きつけ、という店はない。

 私のそんな心の動きを知ってか知らずか、あやかママはにこにことして言った。

「言いんちゃい、言いんちゃい。聞いたげるよ、なんぼでも」

 そう言って、微笑んだまま、私の次の言葉を待っている。
 その顔を見ていると、まあいいか、という気になってきた。