頭の中なんて真っ白で、小さなホコリすら存在しない。宇宙空間にいるかのように、何の音も重力でさえも感じないようだった。ただ宇宙と違う点は、俺の視界には星のひとつも何も映っていないということ。

 ──からっぽ。

 そう、すべてがからっぽだった。


 当てもなく、ただただ歩いていたのだと思う。
 からっぽな頭の隅では「ツアー中」という無機質な文字が何度も点滅をしていた。明日は東京でのコンサートがある。今回のツアーの中でも一番大きな会場だ。絶対に出なきゃいけない。それだけが頭の中をまわっては脳みそをぐるりぐるりとかきまぜていく。

 行きたくない。
 ──行かなきゃならない。

 ステージに立たなければならない。
 ──立てるはずない。

 ああもう全てが夢ならばいいのに。自分の職業でさえ、この受け入れがたい現実さえ、自分という存在自体が悪い夢であってほしいと。そんなことをぼんやりとしながら脳内で反芻しては無に戻る。そんなことを繰り返していて、雨が降り出したことにも気付かなかった。
 自分がどこを歩いていて、どこに向かっているのか。何も分からず、ただただ自らの足が進むまま。俺は一体何をしているのか、自分が誰なのか、なぜこうやって生きているのか、それだって分からない。
 それなのに俺は気が付けばココさんの家の扉の前にいて、藁にすがるようにインターフォンのボタンを押した。驚いた顔をするわけでもなく、泣きそうな顔をするでもなく、何も言わずまっすぐな瞳で俺を見つめる彼女を見た瞬間、自分の中で何かが切れるのを感じて、彼女の香りのするバスタオルに顔を埋めてやっと気付いたんだ。

 ああ俺、こんなにもつらかったのか。こんなにも、苦しかったのか。そんなことすら、分からなくなっていたんだな。

 ──って。