「誕生日なんだろ? おめでとさん」

 ──どうして。
 ──なんで。

 何も言わないわたしをちらりと花束越しに見ると、彼はじりりと眉を寄せる。

「もしかして、違った……?」

 ぽろりとわたしの瞳から涙の粒が零れ落ちると、それを見た彼は今度はあたふたと慌て始めた。

 本当は、寂しくて堪らなかった。
 せっかくの誕生日なのに恋人からはなんの連絡もなく、友人には帰られてしまい家の中で一人きり。その寂しさを勘違いにしようとしていた。そんな中、突然のぎゅうちゃんの来訪だ。
 驚きと嬉しさと、そして心細さを受け入れたことで涙が溢れてしまったのも仕方ないと思う。

「ご、ごめん……!」

 ごしごしと手の甲で涙を拭うようにした瞬間、ぎゅうちゃんの香りと指先の体温がふわりと耳元をかすめた。

「……!」

 反射的に体を強ばらせてしまうと、その腕はわたしの肩や背中に触れることなくすっと離れていった。

「嬉しくて泣いてんだろ」

 ──抱きしめられるかと思った。

 正直に言えば、そんな風に感じた。しかし手を引っ込めた彼はぶっきらぼうにそう言っただけ。その言葉と態度は、張り詰めていたわたしの心を少しだけ軽くしてくれる。

「出ましたナルシスト」

 わざと意地悪くそう言えば、彼はパーカーの袖を伸ばしてわたしの顔を乱暴にこすった。

「あ、鼻水ついた。汚ね」
「こすったのは自分でしょ」
「憧れのぎゅうちゃんのパーカーが顔に触れたんだぞ? 最高の誕生日プレゼントじゃん」
「自意識過剰がすごい」
「だってココさん、俺のファンだろ? ほら、特別にもっかい嗅がせてやろうか?」
「嗅ぐ」
「うわー怖! 二度目要求とか強欲!」
「なんなの!」

 気付けばいつものわたしたち。彼のペースにまんまと乗せられている。
 ぎゅうちゃんは楽しそうに歯を見せると、大きな花束をこちらへと押しつけた。ガサリというセロファンの音と、華やかなバラの香り。

「言っとくけど、俺が用意したわけじゃないから。たまたま打ち上げでもらっただけ」
「打ち上げで」
「そ、打ち上げでな。お疲れ様って」

 まじまじと赤のバラたちに視線を流せば、小さなメッセージカードが添えられている。花屋さんが用途に合わせてつけてくれるものだろう。そこにはしっかりと、HAPPY BIRTHDAYと書かれているのだが、どうやらぎゅうちゃんは気付いていないみたいだ。

「打ち上げにお誕生日の人でもいたのかな?」
「は? 何の話だよ。お疲れ様の花束だっつの」 

 くすりと思わず笑いが溢れれば、泣くか笑うかどっちかにしろよなと彼はわたしをちろりと睨んだ。