会場を揺らす黄色い歓声。きらきら輝くペンライトの海。重低音がビートを刻む。
 まるで現実世界ではないみたい。血の滲むような努力と強い運、物事が起こるタイミングをも自分のものに出来るほんの一握りの人間──選ばれた人しか立つことのできないステージ上。

 ぽっと照らされた細いライトが、三人を照らし出す。

 一層大きな歓声が沸き起こり、ぞわぞわと足元から鳥肌が全身へと広がっていく。すう、とマイク越しにぎゅうちゃんが息を吸う音が聞こえる。その直後、わたしの大好きな彼の声が会場に響き渡り、体中を痺れさせるような生演奏が始まった。

 力強い歌声と、テンポのよいリズム。RAGとしては初となる、生演奏のバンドを迎えてのコンサートだ。やはり音源とは全然違う。格段にステージ全体がカッコイイのだ。

 リズムに合わせて揺れ動く観客席。誰もが幸せそうな表情で、楽しそうな表情で、みんなで大きな波を作り出している。ファンにとってコンサートは、何よりも楽しくて大切な、特別な空間なのだ。

 ──それなのに、わたしは微動だに出来ず、ただただ息を止めてその場所に立っていることしか出来ない。

 ゴクン、と息を呑みこむ音が、周りの音よりも鮮明に自分の耳に響いた。

 スポットライトの中で歌うぎゅうちゃんは、今日も本当に輝いている。彼の笑顔、彼の歌はみんなを幸せにすることが出来る。彼はみんなの光で、彼はやっぱりアイドルなのだ。

 隣でユーミンが大きな声で「アキラー」と叫ぶのをぼんやりと耳で捉えながら、わたしの頭の中ではここ最近で起きた様々なことが走馬灯のように浮かんでは消えていく。

 グラマーな女性と体を寄せ合っていた、そっくりさん。
 サイン会で微笑んでくれた、本当のぎゅうちゃん。
 『今晩、一緒にいてあげてもいいけど?』と、わたしに言った自称本物の午谷さん。
 テレビ収録での意地悪なあの言葉。
 プライベート感満載のぎゅうちゃんの写真を送ってきた詐欺師。
 いつまで経っても詐欺へと進展しないメッセージに、青い封筒、VIPチケット。

 ぐるぐるぐる、たくさんの場面が頭を巡る。

 もう全てを受け入れるしかないのだ。

 わたしが大好きなぎゅうちゃんは、やっぱり思っていたような人ではなかった。純粋でシャイで口下手なんかじゃない。女慣れしていて、軽くて、どんな女性でも簡単にその手に抱いてしまうひと。
 それが本当の、ぎゅうちゃんの姿。
 そしてわたしが詐欺師だと信じて疑わなかったメッセージの相手は、そのぎゅうちゃん本人だったのだ。

 一度遭遇しただけならば、割り切ることも出来た。だってわたしは、ステージの上のぎゅうちゃんしか見ることはないと思ったから。だけど、今はもう違う。

 彼はわたしの番号を知っていて、わたしも彼の番号を知っている。彼はわたしにチケットを送り、そのチケットで今わたしはここにいるのだ。

 知らないうちにわたしは多分、ファンとして足を踏み入れてはいけないところにまで来てしまったのだ。

 それは純粋な喜びなんかではなくて、戸惑いや焦り、そして苦しさを含む感情。

 それなのに、どうしてもステージの上の彼から目を逸らせないのはどうしてなのか。こんなに真っ黒に濁った思いで埋められた心なのに、どこかでときめいてしまう。

 そして痛いほどに思い知る。

 ──わたしは、この人のことを本当に好きなんだっていうことを。



「ちょっと! やばい! 花道来た! 待って近いどうしよう!!」

 コンサートも中盤に差し掛かった頃、花道をこちらに向かって歩いてきた三人を見たユーミンは、わたしの腕をがくがくと揺さぶった。不思議な気持ちだ。ここには何万人という観客がいて、彼の視線はわたしひとりを捉えているわけではないはずなのに。それでもこの瞬間、ここにはわたしと彼がふたりだけで向かい合っているように感じてしまう。
 花道の一番端まで来たぎゅうちゃんは、こちらを見て口元だけを少し持ち上げた。大好きな、小さな笑顔。何度もときめいてきた、彼の笑顔。ちらりと白い八重歯が覗く。
 ──その瞬間、ぽろりと涙が一粒だけこぼれた。それはどんな涙だったのか。自分でもよく分からない。だけどそれは確かに、ゆっくりとわたしの頬をつたい、握りしめていた拳へと落ちたのだった。