「あのさあ、子供じゃないんだから」

 そんなわたしの後ろから、呆れたような声が響いた。




「ついてこないでください!」
「はい自意識過剰俺も帰り道がこっちなだけだから」
「なんなの本当腹立つ! ちくしょう!」
「女の子がそんな言葉使うとか信じらんなーい」
「いやいやこっちのセリフだし」
「なにが」

 怒り心頭で振り返ると、だいすきなあの顔面。

 か……、顔がいいっ……!

 ってそこじゃない! この顔を見るとその言葉が出てしまうのは、もう条件反射と言ってもいいと思う。だけど、そこじゃない。今大事なのはそこじゃないのだ。
 すうっと息を吸い込んだわたしは、両足に力を入れてしっかりと立つと、目の前の彼をきっと睨む。

「わたしのぎゅうちゃんはこんなんじゃない!」
「いやまずあんたの俺じゃないし」

 正論正論大正解はい百点満点良くできました。
 大好きな顔からそんな憎たらしい言葉が吐き出されるのを目の前に、涙が出そうになるのをぐっと堪える。

 まあね!? 確かにね!? ぎゅうちゃんはわたしのものではない。そうかもしれないけど!

「……なあ、本当にいいの?」

 もう無視しようとくるりと踵を返すわたしに、そんな言葉が投げかけられる。踏み出そうとしていた一歩はどうしても出すことが出来ない。──だって、どんなに腹が立ったとしても、本当に大好きな人の声なのだ。この声に何度わたしはドキドキし、癒しをもらい、救われてきただろうか。そんな彼の声に、体は無条件に引き寄せられてしまう。

「こんな事って滅多にないと思うけど」

 彼はゆっくりとわたしの向かい側にまわってくると、それからにやりと口角をあげた。またこの表情。パフォーマンス中や雑誌のグラビアで、色気を突然出してくるぎゅうちゃんの表情と同じもの──いや、それ以上の破壊力だ。


 お願いやめて……。
 そんな男な顔しないで、わたしの心を揺さぶらないで……。
 これ以上、惑わさないで……。


 そんなドラマのヒロインモードに入った自分の頬を、わたしはひとおもいにバチーンと叩いた。

 おいこら! このバカ女! 目を覚ませ!

 ぎゅうちゃんはそんなわたしの様子を見ると眉をひそめ、それから小さく笑い出した。

 ああその笑顔、わたしが世界で一番大好きな笑顔……。心の底から応援しているぎゅうちゃんが、今目の前にいる。

 計算などしたことはないが──する気も毛頭ない──多額のお金を積み(コンサートにCD、雑誌にDVD、グッズに写真にエトセトラ)待ち受けも彼の写真、カメラロールには彼の画像ばかり。目があった──と思い込む──だけで大騒ぎの、あの彼がいる。

 たしかにぎゅうちゃんの言う通り。
 こんな事、たぶん絶対二度とない。

 推しとの一夜なんて、わたしの人生での伝説になるであろうことは容易に予想がつく。じっ、と彼を見ると、わたしのだいすきな口元をきゅっとあげる顔をする。この笑顔に、何度も心臓を破かれた。純粋だからこそ出来る笑顔だと思い込んでいたけれど、どうやらそうではなかったらしい。
 クラクラと眩暈はさらに悪化していく。彼の放つフェロモンにあてられてしまったのかもしれない。お酒でもこんなにぐらんぐらんに酔ったことはない。

「あ……あの……わたし……」