私がまだ幼い頃、父親が酔っ払って帰ってきて、家中を荒らし、暴れたことがあった。

家族で使っていた食器、本、遊びに使っていたおもちゃ箱。

何もかもが破壊された。

部屋にこもって耳を塞いでも聞こえてくる音に私は小さな身体を丸めて震えていた。

音が鳴り止んでもその音は幻聴のようにいつまで経っても忘れられなかった。


父親の働いていた小さな工場が倒産。

ドラマや小説でよくある話だ。

そんなよくある話が自分の身に起きるとは思っていなかった。


それから貧しい生活が続いた。

仕事を失った父が酒を飲み、母に暴力を振るう日々。

それもよくある話だ。

父のいないときに、一人鏡の前で静かに泣く母。

幼い私は少しでも母を元気づけたいと思い、小学校の授業で描いた母の似顔絵を渡す。

だがその絵を母はたたき落とす。

シワのついてしまった似顔絵を見下ろし、悟った。


ーーあぁ、父の目にも母の目にももう私は映らない、と。


家族で食卓を囲み食べたカレーライスも、母と一緒に作ったコロッケも、遠足で食べていたのりのふやけたおにぎりももう食べれなかった。

……食べることはなかった。


それから母は静かに家を出ていった。

残された私は、なんにも出来なかった。

料理も、洗濯も、掃除も、何も出来なかった。

汚らしい私は中学校で虐められるようになる。

洗濯や掃除は少しずつ慣れていき、人並みには出来るようになった。

……ただ料理だけは出来なかった。

料理だけは、作ることが出来なかった。