「分かった。もう大丈夫だからな」

 ミドリが労るように言うと、秋穂は涙目になって頷く。
 そんな二人のやり取りを黙って見ていると、ようやく思い出したようにミドリは私を見た。

「沙雪、悪かったね迷惑かけて」

 バツが悪そうに言うミドリに、私は少しの笑顔もなく言い返した。

「説明して。あの手紙は何? この人は何で雪香じゃなく私を恨んでるの?」

 不機嫌さを隠さない私に、秋穂が突然反撃して来た。

「私の家庭を壊したくせに、その態度は無いでしょ?!」

 騒がしいレストランの中が、一瞬静まり返ってしまうような大声だった。
 私は驚き、秋穂を凝視した。人々の視線が集まる恥ずかしさよりも、気になることがある。
 もしかしたら……結論を出した私は、斜向かいに座るミドリに軽蔑の目を向けた。

「雪香が偽名を使ってたこと、この人に言ってないんだ」

 だから秋穂は私を恨んでる。そうとしか考えられなかった。
 ミドリは完全な嘘つきだったとはっきりとした。
 信用は出来なかったけど、悪い人じゃないと思ったのに……自分の人を見る目の無さに、うんざりする。

「え?どういうこと?」

 秋穂が不安気に、ミドリに問いかける。
 ミドリは僅かに顔を歪めた後、覚悟を決めたような顔で、私を見つめ返して来た。

「その通りだよ」
「……薫君?」

 話が見えない秋穂は、戸惑いながらミドリを見ている。

「今から話す内容は、秋穂もちゃんと聞いていて」

 ミドリははじめて秋穂に厳しい態度を取った。秋穂は、眉をひそめながらも従い口を閉ざす。

「沙雪の言う通り、秋穂には雪香の存在を話していない」
「どうして?」

 私が低い声で疑問を投げかけると、ミドリは一瞬、顔を強張らせた。

「……兄から口止めされていたんだ」

 ミドリはそう言いながら隣を見た。

「秋穂、兄と付き合っていたのはここにいる沙雪じゃない。彼女の双子の妹、雪香だったんだ」
「え? 双子って?」

 秋穂は、しきりと瞬きを繰り返す。

「沙雪は、兄とは関わりが無い。雪香が嘘をついて沙雪の名前を名乗っていた」
「じゃあ……徹も私を騙してたの? どうして?」
「秋穂に雪香の身元を知られたくなかったから……倉橋沙雪だと思わせていた方が都合が良かったんだ」
「そんな……ひどい!」

 秋穂のつぶらな瞳が、傷ついたように揺れる。
 秋穂が私にしたことは許せないけれど、今、彼女が受けた痛みは理解出来た。