直樹は事件に巻き込まれたと心配していたけれど、沢山の人が集まった教会から無理やり雪香を連れ出すなんて不可能に思える。
 花嫁姿の雪香はとても目立つし、少しでも抵抗したら騒ぎになって誰かが気がつくはずだ。
 雪香は自分の意志で姿を消したに違いなかった。
 でもどうして? よりにもよって結婚式当日にいなくなるなんて。

 今までの自分の生活の全てを捨てるような行動を、何故とらなくてはならなかったのだろう。
 私には予想もつかない。
 長い間離れていた為、私達は姉妹だというのにお互いを良く知らなかった。
 雪香の交友関係も、殆ど知らない。
 一人だけ、彼女の口から頻繁に聞く名前が有った。
 年上の男性で、雪香曰く、優しく頼りがいがあり、容姿も最高だそう。
 けれど、その人物とも私は面識が無かった。

 雪香は、この先どうする気なのだろう。
 雪で湿ったコンクリートの地面に視線を落としながら考えていると、背後から肩を掴まれた。
 心臓がドキリと脈を打つ。振り返ると目の前に長身の若い男が立ち、険しい表情で私を見下ろしている。見知らぬ顔、誰なの?

「倉橋沙雪だな?」

 呼び捨ての上に、偉そうな態度。なんて失礼な人なのだろう。

「あなたは?」

 私の言葉に、男は目を細めながら低く響く声で答えた。

「鷺森 蓮」
「鷺森って……」

 その名前は、いつも雪香が話していた人物のものだ。
 私は、目の前の男を素早く観察した。
 背が高く手足も長いすらりとした体形。切れ長で意思の強そうな目元が印象的だ。
 いつか雪香が言っていた通り、かなりの美形。けれど、この人が何故私に声をかけるのだろう。
 警戒する私に蓮は苛立ったような声を出した。

「名乗ったのに、何も言わないつもりか?」
「私に何か用ですか?」

 蓮は不満そうに顔をしかめる。

「……倉橋沙雪か? って質問したんだけど?」
「そうですけど。雪香の知り合いなら双子だって知っているでしょ? 答えなくても分かるんじゃないですか?」
「双子だって知っていたからこそ確認したんだ。お前達似てないからな」

 何の遠慮もなく発せられたその言葉は、直樹と争ったばかりで過敏になっていた私の神経を逆撫でした。
 それでも怒りを表に出したくなかった。雪香への劣等感を、絶対に知られたくない。

「……それで用件は?」

 苛立ちを堪え、返事を促す。

「ちょっと、聞きたい事がある」