『今夜はずっと、そばにいて』
48日目の夜。
依のその言葉を聞いてから数時間後、僕は自転車で夜道を走っていた。
その僕の隣を依はふわりと浮いてついてくる。
そばにいて、なんて言うからなにかと思えば……依から発せられたのは『支笏湖に行きたい』のひと言だった。
「なんでこんな時間に支笏湖まで……」
「いいじゃん、サイクリングがてらってことで!」
支笏湖というのは、市内にある有名な観光名所だ。
木々に囲まれた大きな湖は澄んだ水がとても綺麗で、周囲には旅館や温泉もある。千歳から車で1時間かからず行けるところだ。
日中なら水中遊覧船に乗ったり食事をしたりと楽しく過ごせるけれど……なぜこんな時間に?
目的がわからない。
おまけにもう電車やバスもなく、タクシーで行こうにも未成年者が夜にひとりで湖に、なんて運転手にどう思われるかわからない。最悪通報されかねない。
結果、一度自宅に戻り自転車で行くことにした。
ついでに夜は冷えるからと厚手の上着に着替えて、胸ポケットには赤い巾着をしまいこんだ。
そして家を出る際嶺さんには『今夜は友人の家に泊まるから』とひと言残してきた。
これまで外泊などしたことのなかった僕が、いきなり友人の家になんて明らかに不自然だろう。
けれど嶺さんは深く問い詰めることはなく、笑顔で『そうですか、お気をつけて』と送り出してくれた。
信じているのか、なにかを察して聞かずにいてくれているのか。どちらにせよありがたい。