2月の終わり。

今年の冬は暖冬だそうで、雪もなく穏やかな日が続いている。
私は半月の休養後勤務に戻った。

もちろん妊娠のことは公表していないけれど、周りはみんな看護士やドクター達。
みんななんとなく気づいている。
そりゃあね、何の説明もなく2週間も休めば誰だって気付く。
でも、平気。
わざわざ言いふらす気はないけれど、聞かれれば認める。
この子のことを隠すつもりはない。
私はそっとお腹に手を当てた。

最近、お腹を触るのがあたしの癖。
こうしているだけで、とっても幸せな気持ちになれる。

「桜子先生。今日は当直ですか?」
病棟師長が声をかける。
「はい。久しぶりの当直です」
休養明けもしばらくは夜勤を外してもらっていたため、今日は1ヶ月ぶりの当直。
「大丈夫ですか?」
心配そうな視線。

師長だって、きっと察しているはず。
でも、何も聞かない。
そのことがありがたい。

「大丈夫ですよ。もうすっかり元気ですから」
私は元気に笑ってみせた。

ブブブ ブブブ
携帯が震える。

「はい。鈴木です」
「桜子?」
電話の向こうから聞き慣れた声。

「はい、桜子です」
私はちょっと辟易しながら答える。

大好きな彼からの電話。本当なら嬉しくないはずがない。
でも、かけ過ぎ。
一日に何回も何回も、この人は仕事をしているんだろうかと心配になるくらいかけてくる。

「夜食、何か持って行こうか?」
はあ?
「病院のコンビニで買いますから大丈夫です。先生も当直?」

はー。
電話の向こうから、ため息が聞こえた。

ああ、
「ごめん。あ、明日鷹も、当直なの?」
なんか照れる。

半月の休養が明けて勤務に戻るとき、
勤務時間を短くしろだの夜勤はするなだのと、子供みたいに因縁をつける明日鷹先生を納得させるための交換条件が、『先生と呼ばないで。名前で呼んで』だった。

「当直じゃないけど、仕事がたまってるから。もう少し残業して帰るよ」
なんだか満足そう。

まあね。もうすぐ父と母になるんだからいつまでも先生って呼ぶものおかしいと私も思っていたから、ちょうどいいチャンスだった。
でも、恥ずかしい。

ブブ ブブブ
切ったと思ったら、また携帯が震える。

ん?
見覚えのない番号。

「もしもし」
怪しみながら電話に出る。

「桜子さん?」
電話の向こうから聞こえてきたのは女性の声だった。
「はい・・・」
聞き覚えのない声。

「森です。森明日鷹の母です」

えええっ。
一瞬、携帯を放り投げそうになった。

「もしもし? もしもし桜子さん?」
「は、はい」

返事をしながらも、ちょっとしたパニック状態。

何で?何で?何で?
頭の中で巡っている。

「驚かせてごめんなさい」
「いいえ」
さっきから、私は「はい」と「いいえ」しか言っていない。
なんて間抜けなんだ。

「桜子さん。実はお願いがあって電話したの」

お願い?
なんだかとても怖い。

その後どんな会話をしたのかあまり覚えていない。
多分ちゃんと会話をしたのだろうけれど、記憶がない。
確かなのは、会う約束をしたこと。
週末、私は明日鷹のお母様と2人で会うことになった。