4月に入って1週間。
桜の花は満開を迎え、行きかう人影にも新入社員らしき人がちらほら。
ここは、駅から少し離れた場所にある小料理屋 桜音《おと》
カウンターとテーブルが2つの小さな店。


ガラガラ。
入口のドアが開いて、男性客が二人。

「いらっしゃいませ。あら、剛君。久しぶり」
「こんばんは、ママ」
一人は常連みたい。

二人ともスーツ姿で、靴も時計もブランド品。
ん?ちょっとだけ薬の匂い。
ドクター?

「とりあえずビール」
「はーい」

「お待たせしました」
私は母さん手作りのお漬物を付け出しに、ビールを注ぐ。

「ありがとう。君、バイトの子?」
剛君と呼ばれた男性が聞いてきた。
「娘よ。似てないでしょう」
と母さん

「へえー」
「へぇ~」
二人が私を見る。

「学生?」
もう一人の男性。

「えっ、まあ・・・」
曖昧に答えた。
剛君と呼ばれた男性より幾分落ち着いた感じの、いかにもドクターって感じの人。
剛君の方は・・・少しチャラくて、うちの大学にも大勢いる金持ちの坊ちゃん風。

「桜子、ほらテーブル片づけて」

今日も店は満員で、カウンターの中にいる母さんに指示され、「ハイハイ」と手を動かす。
ったく、人使いが荒いんだから。


私、鈴木桜子22歳。地元の医大に通う大学4年生。
今は小料理屋を営む母との2人暮らし。
5歳の時に母が離婚し、私は母と4歳上の兄は父と暮らすことになった。
同じ町に暮らす兄とは行き来があるけれど、父と会うことはほとんどない。
まあ、忙しい人だから。


「お待たせしました。カレイの一夜干しと、揚げ出し豆腐。本日の煮物です」
料理が自慢の店だけあって、すべて母さんの手作り。
お客さんたちも、料理を目当てに店に来てくれる人が多い。

「水割りもらえる?」
剛君でないほうの男性。


「お待たせしました」
コトン。
テーブルに水割りを置く。

「料理、美味しいね。」
「ありがとうございます」
ん?
男性の視線が頭から足まで上下した。

「何か?」

水割りを一口飲み、まっすぐ私を見る男性。
「君、医学生?それとも看護師の卵?」
「えっ?」
「爪が短くてマニュキアもなし。香水もてけてない。それに・・・一瞬、消毒の匂いがした」

ええ。
思わず、体をクンクンしてしまった。

はははっ。
男性はおかしそうに笑いだした。

「ごめんごめん。君の反応が素直すぎて」
これが彼との出会いだった。