彼女の家の縁側には、夏の風物詩の風鈴が飾ってあった。風が吹く度に涼しげな、優しげな、そんな音が響き、夏だなって気にさせられる。照りつける太陽が、既にそれを主張しているけど。

僅かな風が吹く。風鈴が鳴る。夏だなって思う。暑いせいか上手く回らない俺の思考は、壊れた機械みたいに同じことを繰り返していた。暑い。怠い。扇風機だけじゃこの暑さは凌げない。

服をパタパタとさせて自ら風を送り込む。だけどそれは継続していなければ意味がないことで。手を止めてしまえばすぐに暑さが襲ってくる。うちわと同じだ。扇風機は割と万能だけど、スイッチを切ってしまえば手動と同じ。

暑い。心の中で小さく呟いた時、突然後ろから声をかけられた。「ねぇ、浴衣着たよ。見て、どう?」ぼんやりと外を見ていた俺の傍に、幼少期からの幼馴染の優愛(ゆあ)が笑顔を振りまいてやってきた。俺は優愛の家にお邪魔しているのだ。

優愛は白が基調の可愛らしいデザインの浴衣を着ていた。今日は地元で夏祭りがあり、優愛はそれに参加するみたいで、さっきからウキウキしている様子だ。俺は夏祭りに参加しないつもりだったのに、優愛が一緒に行こうとうるさいため、仕方なく行くことにした。俺じゃなくて他の友達と行けばいいのに。

そう思ってしまうけど、優愛が自分の友達ではなく俺を誘う理由を、俺はなんとなく察している。自惚れとかそういうのじゃなくて、本当になんとなくだ。優愛は俺のことを、ただの幼馴染だとは思っていないような気がする。

「いいんじゃない? 可愛いよ」

表情も変えずにそう言ってしまう俺は、割と確信犯で。優愛の気持ちに気づいていながら、故意に彼女を惑わせる。なんて性格が悪いのだろう。でも可愛いのは本当だ。嘘じゃない。いつもは下ろしている髪を上げているからか、雰囲気が全然違う。優愛は可愛い女の子なんだなって他人事のようにそう思った。

俺は再び服をパタパタとさせる。全然体が冷えない。涼しくならない。優しく響く風鈴の音は、気休め程度にしかならなかった。小さな風鈴がこの暑さに勝てるはずがないんだ。頭から冷水をかぶるでもしないと熱中症になってしまいそう。

隣に優愛がしゃがみ込む気配がした。「可愛いって本当?」さっきまでの明るさはどこへやら、優愛は恥ずかしそうに小さな声でそう尋ねてきた。そんな反応されたら、冗談なんて言えなくなる。可愛いのは本当だから、今回はそんなこと言う必要はないけど。

「うん、本当。優愛はちゃんと可愛いよ」

チラッと優愛を一瞥したら、彼女は顔を真っ赤にさせていて。そうやって分かりやすい反応をするから、俺のことが、って自惚れてしまうんじゃないか。気づいていないふりをするのも結構しんどいものがある。優愛はいつ打ち明けてくれるのだろう。こういう時、俺から核心に触れた方がいいのだろうか。

風鈴が鳴る。それは優愛の気持ちを知っている俺の背中を押しているようで。あるいは、俺のことを幼馴染として見ていない優愛の背中を押しているようで。どちらかがその話題に触れれば、何か良い方向に進展するのだろうか。

「ねぇ、私と夏祭りに行ってくれる?」

「行くって行ったけど」

「そうだけど、違う」

「違う?」

優愛の求めている答えが分からなくて、俺は首を傾げてしまった。それを見た優愛は、泣きそうな表情で告げた。「私と行きたいって言ってほしい」

なんだそれ。行く、だけじゃダメなのか。優愛にとってそれは、俺が嫌々付き合ってるように思ってしまうのか。確かに仕方なくとは思った。それは否定しない。だけどそんな適当な返事の仕方では、優愛は満足しなかったみたいで。不服だったみたいで。

「私、拓真(たくま)と一緒に行きたい」

女子ってよく分からないと思った。それは幼馴染でも同じ。何を求めているのか予想できないし、何を言ったら傷ついてしまうのかも分からない。俺にはどうってことない言葉でも、優愛からしたらナイフが突き刺さるような痛みが走るのだろうか。

それから、女って男を惑わすのがうまい。小さく丸まるようにして自分の膝を抱え、不安げにこちらを見上げる優愛がそのいい例だ。ほら、そんな顔でこっちを見上げるから、健全な男である俺は簡単に狼に化けてしまうんだ。

俺の行動にびっくりしたように、風鈴が音を上げた。それとほぼ同時に、俺は優愛にキスをした。頬でも額でも首筋でもなく、優愛の可愛い唇に。好きな人としかしないと言っていた、優愛の唇に。これが俺の返事だ。

ゆっくりと離れると、優愛は大きく目を見開いていて。そして徐々に、何をされたのか理解したみたいに顔を真っ赤にさせた。手の甲で唇を隠し、涙目になりながら俺を見つめる。そんな表情されたら、もっと苛めたくなってくるじゃないか。

今度は少し強引にしてみる。流石に抵抗を見せる優愛だけど、俺はそれを無視して深くて甘いキスをし続けた。優愛も少しずつそれを受け入れてくれるようになり、言葉はなくともお互いの気持ちが通じ合ったような気がした。

優愛の両親はこの部屋にはいない。だけどまさか自分の娘とその幼馴染が、同じ屋根の下で大人のキスをしているとは夢にも思っていないだろう。俺が化けの皮を剥いでいることも。

風鈴の優しい音がした。俺と優愛の恋の行方を知っているのは、多分きっと、その風鈴だけだ。



END