体育祭も学校祭も終わり、授業があるいつも通りの毎日が戻って来た。

 休み時間の香宮さんといえば、小説を読んでいる。そんな彼女に、僕は相変わらず話し掛けられないでいた。
 ……いやだって、香宮さん小説読んでいるし。折角好きなことをしているというのに、それを邪魔してしまうのはやっぱり憚られるもので。

「全く、君のヘタレ具合は相変わらずだねぇ」

 そんな現状を話せば先輩は呆れたように溜息を吐き、トマトジュースを飲んだ。
 全くもってその通りなので、悲しきかな、反論が出来ない。
 ぐぬぬと唸る僕を見て、ぷはっとストローから口を離した先輩が楽しそうに続けた。

「ちょっとは男らしくなったかと思えばこれか。全く、そんなことで悩んでないで、話し掛けるなり告白するなりすればいいのに。あー、見ていてもどかしい」
「五月蠅いですよ」
「言っておくけど、恋愛方面の打ち明けに関しては私は手伝ってあげないからね。自分で頑張りなさい」
「言われなくても」

 売り言葉に買い言葉。しまったと思った時にはもう遅い。

「ほぉー、言ったね?」

 ニヤリといやらしい笑みを浮かべた先輩に、僕は頭痛がした。
 あっはっはと笑い声が辺りに響き渡る。……うう、畜生。
 項垂れていたら、止まないと思っていた笑い声が不意に止まった。
 あれ、と思い顔を上げると、先輩が口を開いた。

「まあ、相変わらずなのはいいことでもあるんだけどね」
「……そうですね」

 先輩の言葉に僕は相槌を打つ。
 相変わらずの僕たちの関係。劇的な変化もなく、けれど、途切れることなく続いている。
 それだけで、今は十分だ。
 小さく笑みを浮かべる僕を先輩がちらりと横目で見遣った。

「色々と頑張ろうとしている高瀬くんに、小さな秘密を一つ教えてあげましょう」

 口元に人差し指を当てて、茶目っ気たっぷりに先輩が言う。

「秘密?」
「どうして、日咲ちゃんは虹文堂を訪れたのでしょーか?」
「どうしてって……」

 教えてあげると言ったのに、問いかけてくるとはこれ如何に。
 でも、先輩は教えてくれる気はないらしい。僕が言葉を返すのを待っている。

 僕は思い出す。駅で迷っていた香宮さんを虹文堂へ道案内したあの日のことを。
 確か、あの時香宮さんは色鉛筆を何本か買っていたっけ。

「画具を買うため、でしょう?文房具屋なんですし」
「それじゃあ、何故数ある文房具屋さんの中から、日咲ちゃんは虹文堂を訪れたのでしょーか?」
「何故って……」

 確かに、虹文堂以外にも文房具屋なんてたくさんある訳で。

「日咲ちゃんに虹文堂という文房具屋の存在を教えて、更に言えば、その文房具屋の一人息子である君と会わせて、関わりを持たせようとしていたのは誰でしょーか?」

 そこまで言われて、僕は察した。
 目の前の先輩はニヤニヤと笑っていて。
 僕は訝しげに目を細めた。

「先輩が仕組んだんですか?」
「仕組んだとは人聞きの悪い。私はただ、可愛い可愛い従姉妹が、気になっている男の子ともっと関わりを持てるように、ちょっとお節介を焼いただけだよ」

 先輩曰く、高校生になった香宮さんは、『たかせひびき』という昔会った少年と同じ名前の人――つまり、僕が同じクラスにいたことを先輩に伝えたらしい。

「私としても、昔から日咲ちゃんが言っていた『たかせひびき』という少年が君なのかどうか気になってね。調べてみたら、日咲ちゃんが通っていた小学校と同じだったし、何となく確信はしていたのだけどね。まあ、実際に日咲ちゃんと話をさせてみるのが一番かな、と思って。それで、日咲ちゃんに虹文堂を紹介したってわけ」

 私にかかれば、一個人のことを探ることなんて容易いことだからね。
 なんてことないように先輩が言ってのけた。だが、その顔は面白そうに笑みを浮かべたままだ。

 ……怖っ!この人マジで怖っ!
 思わず顔が引き攣った。

 戦慄しつつ、ふと僕は思い出す。
 そう言えば、虹文堂が僕の家であることを知った時、香宮さんが「そういうことか……」とか何とか呟いていたような気がする。
 その時に香宮さんも察したのだろう。僕と関わりを持たせるために、先輩がこの店を紹介したのだと。
 そして、僕たちは関わりを持った。先輩の思惑通りに。

「いやもうほんとこの人マジで怖い……」
「失礼な奴だな君は」

 項垂れる僕に文句を言いつつも先輩は何処か得意げだった。

 ……そのドヤ顔ムカつくなぁ!