鉛筆を置いてぐぐっと背伸びする。首を左右に傾ければ何とも小気味よい音が鳴った。
 手元のスケッチブックから視線を動かす。視界に映るのは店の片隅にあるお絵描きコーナーで。誰も座っていない席を見ていると寂しいという気持ちが強まった。
 その寂しさの原因はわかっている。最近、香宮さんに会えていないからだ。
 物憂げに溜息を吐く僕に対して周りの反応といえば――


「にーちゃんふられたのか?」
「ふられたのか。かわいそうに」
「まあ、人生まだまだこれからさ」
「売り上げに貢献してやるから元気出せよ」


 と、近所の小学生たちに口々に言われてしまった。
 小学生にぽんぽんと背中を叩かれながら慰められ、更には哀れみの目で見られている高校生の図がそこにはあった。傍から見たらそれはもう酷い図だろう。
 僕のことを心配していると見せかけて言わずもがな小学生たちは半笑いしている。……どう考えても馬鹿にしているだろお前ら!

「売り上げ貢献とか言っているけど、夏休みの工作に使う材料が欲しいだけだろ」

 叫びたい衝動を何とか堪えてそう指摘すれば、「バレたか」と舌を出すのだから始末に負えない。少しは包み隠せよな……。
 僕ががっくりと肩を落としたのは言うまでもない。


「辛い時ぐらい店の手伝いなんてしなくてもいいんだぞ。いやまあ、それで響の気が紛れるなら止めはしないが……。それにしても、失恋かぁ……失恋は辛いよなぁ……」

 と、父さんにも言われてしまった。
 溜息ばかり吐いている僕を気遣っての言葉だろう。それはありがたい。あと、心配かけて申し訳ないとは思う……けど!


「何でどの人もこの人も僕が振られて落ち込んでいるって思っているんだよ……」

 そう、何故か僕が失恋したとみんな思っているのだ。

 言っておくが、告白して振られたから溜息を吐いている訳ではなし、告白して気まずくなったから香宮さんが店に来なくなった訳でもない。
 少し前までは、夏休みといえども補習もあったので香宮さんはその帰りに店に寄ってくれていた。
 でも、補習が終わった今、部活もない僕たちが学校に行く理由はなくて。つまり、香宮さんが学校帰りにこの店に寄り道することもないだけで。

 香宮さんがここへ来てくれなくては、僕は彼女と話すことができない。そのことをまざまざと突きつけられている現実に僕はこうして溜息を吐いているだけで。
 断じて振られた訳ではない。そう、振られた訳ではないのだ。振られてもいないし、そもそも告白もしていない。それが真実である。勝手に勘違いしないでもらいたい。

「告白……告白、かぁ……」

 ぽつりと言葉を零す。考えたら顔が熱くなってきた。

「……って、いやいやいや!」

 無意識に呟いてしまったことに自分自身でドン引く。何考えているんだよと内心で呆れながらも、けれどまた想像してしまって――

「……無理だな」

 断言する。僕に告白なんて無理です。

 告白以前の問題として、まず相手に会えないからこうして落ち込んでいるのだ。
 尤も、話せていないとはいうものの、メールでの遣り取りは続けている。でも、メールで告白なんて嫌だ。気持ちを伝えるのなら、やはり直接会って言うべきだと僕は思うのだ。

「……って、なんで告白する体で考えているんだよ」

 ぶんぶんと頭を振る。こんな思考回路になったのは、外野のせいだと思う。
 第一、僕が鳴であることすら言えていないのに告白なんて……できるはずが、ない。
 もう何度目かわからない溜息を吐いた時、ふと視線を感じた。

 ……何だこの既視感は。

 そう思いつつ、恐る恐るそちらを見遣れば見えたのは紅い眼鏡で。

 ……見なかったことにしよう。

 さっと視線を逸らしたがもう後の祭りである。
 いつかの時と同じように、ばんっと店の扉が勢いよく開かれた。