空の茜色が、紺と濃紺へと移り変わる頃、アイシャに連れられ、ヨウと別れた場所へと戻ってきた。
 炊事場の横を通ると、とてもいい香りがした。開け放たれた窓から、壁に据えつけられたオイルランプの様な明かりを頼りに、薄暗い中、女性達が頭にスカーフを巻き、ズボンに半袖のシャツで慌ただしく汗をかきながら働いている。
「ここが女の使用人小屋だよ」
 炊事場の横を通り、左へ曲がると、アイシャはそう言い、炊事場に隣接してある茶褐色のレンガで作られた、少し大きめの小屋を指差した。
「あ、はい!」
 炊事場の中を見ていた佐知子は慌てて後を追う。
「ちょっと邪魔するよー」
 鉄製の扉は開いていて、布が目隠しの様にかかっていた。その布を手でよけ、アイシャは中へと入る。佐知子もその後に続いた。
「…………」
 中は薄暗かった。
 そう、この世界には電気がないのだ。先程の炊事場同様、壁に据えつけられた、おそらくオイルランプのオレンジ色の光が、何箇所かあり、部屋を照らしている。
 手前に少し広めの、床が土のスペースがあり、そこに何人ものサンダルが脱ぎ散らかされ、その奥はレンガが何段か重ねられ高くなって、絨毯が何枚も敷かれているだだっ広い部屋になっていた。
 手前は共同空間になっていて、クッションなどもあり、その奥に、作業着やパジャマ用のカンラを着た女性が十人前後、自分達のスペースで各々くつろいでいる。
「この子、今日から入る新しい子なんだけど、どっかあいてないかい?」
 アイシャは物怖じせずに中の女性たちに声をかける。佐知子は皆にじっと見られ、萎縮してうつむいてしまう。
「はいはーい、隣あいてるよー」
 すると、少し若い女性の声が返ってきた。佐知子は顔を上げる。左側の奥の方で、ひらひらと振られている手が目に入った。薄暗くてよくは見えない。
「おや、ライラかい。じゃあ、ライラ、この子の事頼むよ」
 アイシャはそう言うと、よっこいせっ。と、革の大袋を高くなった絨毯の上へとのせた。
「へ! いや、あいてるって言っただけなんだけど……」
「なんだい冷たいねぇ! この子、この村も、この辺りの事も何もわからないから、色々教えてあげるんだよ! いいね! わかったね!」
「……はーい」
 寝転がっていた体勢から起き上がり、後頭部をかきながら、仕方ないあなぁという風に、ライラというまだ若そうな女性は答えた。
「じゃあサチコ、あたしは自分の家に帰るから。明日も様子見にくるからね、しっかりやるんだよ」
 アイシャに肩を叩かれる。
「あ、はい! 色々とありがとうございました!」
 佐知子は頭を下げる。
「あ、あと……」
 アイシャは顔を上げた佐知子の耳元に口を近づけ小声で囁いた。
「ヨウから貰ったお金は革袋にいれといたけど、貴重品やお金は肌身離さず持ってるか、上手く隠すんだよ。ここでも盗まれるからね、気をつけるんだよ」
「…………」
 耳元から口を離したアイシャに、こくこくと真顔で頷く佐知子。
(気をつけなきゃ……)
 確かにここでは盗み放題だもんな……と、思う。
「じゃあね、また明日ね。ライラ! よろしくね!」
「はーい」
「あ、ありがとうございました!」
 アイシャは手を上げると布をまくり小屋を後にした。
 また安心した人との別れ、不安が佐知子を襲う。
「ほらー、ここだよー!」
「!」
 しかし、別れがあれば出会いがある。
 ヨウと別れた後はアイシャ。そしてアイシャと別れた後はライラという女性との出会い……。
(この人も……いい人だといいなぁ……)
 佐知子はそう思いながら、スークで買った時に履き替えた革のサンダルを脱ぎ、重い革の大袋を二つ持ち、座っているライラの横へと向かった。