図書室でよく見かけるようになった彼は、メガネをかけたクールな人だった。いつも私よりも先に図書室を訪れていて、それこそ私が最初に来たことなんてないくらい彼が一番乗りだった。ずっと図書室で過ごしているんじゃないかと疑ってしまいそうになるくらい。

今日も彼は誰よりも早くに来ていて、熱心に本を読んでいた。文字を目で追ってページを捲る。たったそれだけのことなのに、視線の先にいる彼がやると綺麗だな、なんて思ってしまうから不思議だ。

私と同じ本好きみたいだから、仲良くなれたらいいなと思っているのに、全く話しかけられないままただ見つめていることしかできないでいた。読んでいる最中に声をかけるのは憚られるのだ。

今日こそは。そう何度も思ってはダメな日が続き、もう見ているだけで満足だと諦めつつあった時だった。読んでいた本をパタンと閉じ、そっとメガネを外した彼が、迷うことなく私を見てクールに微笑んだのは。

ドキッとした。見ていたことがバレたと思った。でも躊躇のないその行動は、まるで私が自分のことを見ていたのを知っていたみたいなそれだった。もしかしたら、本を読みながらも視線を感じていたのかもしれない。そのせいで読書に集中できずにいたら申し訳なかった。一度気が散ると、なかなか本の世界に入りきれないのは私も経験済みだから。

照れ隠しでもするかのようにパッと顔を逸らし、近くの本棚に手を伸ばそうとしたところで、どこか優しさや温かみのある低音ボイスが私の耳に届いた。「オススメの本、教えてくれない?」まさかと思い声のした方に顔を向けると、さっき私に微笑みかけた彼が今度はクールな表情でこちらを見つめていた。

「あ、えっと、私のオススメでいいのかな?」

ずっと仲良くなりたいと思っていたから、この機会を逃すわけにはいかなくて。私はここぞとばかりに本棚からオススメの本、いわゆる私の好きな本を探し出し、それを手に取って彼の元へ歩み寄った。

「読書家みたいだから、読んだことあるかもしれないけど」

これだよ。私は彼に本を差し出した。私のオススメの本。私の好きな本。青春恋愛小説。まさにこの図書室が舞台となっている小説。静かで、綺麗で、大人しくて。そっと寄り添えるような、ゆったりとした印象の物語。

彼は私の持っている本を見つめたまま、驚いたように大きく目を見開いた。「え、どうしたの?」クールな彼の予想外の表情に私まで驚き、そして困惑してしまった。そんな驚かれるような趣味だっただろうか。

少しの沈黙の後、彼はゆっくりと息を吐き出し、先程読んでいた小説のブックカバーを外した。その小説の表紙を見て、今度は私が目を見開いた。「嘘でしょ」彼がついさっきまで読んでいた小説は、なんと私が今手にしている小説と全く同じものだったのだ。

「いや偶然過ぎてびっくりした。趣味同じなんだな」

しかもこれ図書室にあったんだ。彼は優しく愛でるように自分の小説に触れた。とても大切に、丁寧に、綺麗に扱われている小説は、きっと彼に選ばれて幸せだろうなと思った。

それに、彼と趣味が同じ。ずっと仲良くなりたいと思っていた彼と同じ趣味だなんて、こんな嬉しいことがあるだろうか。沸々と体に熱がこもる感覚がして、私は気分が上昇していくのを感じた。嫌でもテンションが上がってしまう。結果私は彼の隣にある椅子に座り、大好きな小説の熱弁を始めてしまった。

「いいよね。やばいよね。趣味が一緒とか嬉し過ぎる。私本当にこの小説大好きで、なんだろう、文章が凄く綺麗で読みやすくて堪んないの。内容も現代の高校生の心の葛藤とか、清く誠実で胸がギュッとなるような恋愛とか本当に好きで、私もこんな恋愛したいなって密かに憧れてて」

そこまで言って突然ハッと我に帰った私は、つい熱が入ってしまっていたことに気づいて途端に羞恥心を感じ、赤面してしまった。しかもここは図書室だ。静かにしなければならない場所で、ベラベラと割と大きな声で喋り続けてしまった。何をしているのだろう。

「ご、ごめん。1人でベラベラと」

恥ずかしさに耐えきれなくなって逃げ出してしまいそうになった時、隣にいた彼に見つめられて硬直してしまった。変な奴だって思われたのかもしれない。引かれたのかもしれない。意味もなくそんな不安が過って思わず泣いてしまいそうになった。

まるで捕らえられたかのように彼から目が離せなくて、私たちはお互いに何も言わずに見つめ合う形になっていた。せめて何か言ってほしいのに、彼はなかなか口を開かない。ただ吸い込まれそうなほど綺麗な瞳が私を見つめているだけ。

「あ、あの」

「ねぇ」

堪えかねて口を開いた私の言葉に被せるようにして、彼が形のいい唇を動かした。そして心底真面目な顔をしてとんでもないことを続ける彼に、私はますます恥ずかしさを感じて困惑してしまった。

「俺と恋愛してみない?」

「あ、え、何言って」

「俺もこの小説の恋愛に憧れてる。それに、ずっと君のことが好きだった。気づいてなかっただろうけど」

恥ずかしげもなくさらっと告白してくる彼は、私を見つめて首を傾げた。どう? と私に返事を求めているような行動。

ずっと彼とは仲良くなりたいと思っていた。でもそこに恋愛感情なんてものはなかったはずで。そう思っていたのに、気づけば私の胸はドキドキと高鳴っていて。

あぁ、ダメだ。私はこの感情の正体を知っている。今まで読んできた恋愛小説の中でよく出てきた表現で言えば。胸がギュッと締め付けられるような感覚。ドキドキと鳴り止まない鼓動。

「私もね、ずっと気になってたよ。それで、私で良かったら、一緒に恋愛したい」

「うん、しよう。俺と恋愛。憧れの小説のような恋愛じゃなくてもいいから、俺と君だけの恋愛を」

物語は一つだけじゃないように、恋愛の形だって一つじゃない。だから、世界でたった一つしかない私たちだけの恋愛をしていこうと思う。



END