―――6月14日、大手柄沢橋を爆破しますので、お気を付けください。詳しい場所はお教えできかねます。それでは、お楽しみに。


 それは市役所に宛てた一通の手紙だった。


 町中が騒ぎになった。先月花火屋の火薬庫から盗まれた大量の火薬も未だみつかっていないこの町にとって、”爆破予告”は最悪の展開だった。


 しかし、14日、厳重に通行止めの敷かれた橋は爆破されることもなく、その翌々日の明け方、警察車両がサイレンも鳴らさず、あるお屋敷を訪ねることとなった。


 補導されたのは13歳の少年だった。


 犯人が判るまで、こんなことをするなんてとんでもないやつだと、町中が怒りに震えていたのに、実際少年が捕まってみれば、手のひらを返したように怒りは鎮火した。



いや、それどころではない。
彼を非難するだけで、周りに叱られる有様だった。



―――”あの”春霞さんの息子さんを悪く言うだなんて、罰が当たるわよ。



 そう私を咎める近所の人の顔は安易に思い浮かぶものだ。


 ―――あの時、春霞さんがいてくださったから。私はあのお宅に足をむけて寝られないわよ。


 そしてあっという間に報道は途切れ、無かったことになった。それは、いわゆる大人の事情というやつだ。


 対して、大人でもない同じ13歳の私たちにとって、あの事件はセンセーショナルなものすごい体験だった。


 田舎の町で勉強して部活して帰るだけが日常の私たちにとって、同じ学校の生徒が逮捕(正確には補導だけど)されてしまうだなんていう非日常がドカンと舞い降りたんだ。この先何十年たっても、何度でも話題にだしたくなるだろう。


 
 まだあの事件から2年しか経っていない私たちにとって、その話題はまだまだ新鮮だった。”爆破予告”がこれほどにまでキャッチ―な単語になっている高校は、全国でもここだけだろう。



―――ほら、あいつ。春霞。


―――爆破予告の人!?やっば!


―――うわぁ……やりそうだな。うん、なんかわかるわ。


上級生もたまに彼を見に来ていた。こそこそと陰口を叩かれる彼は、先月の入学式以降、誰と会話することもなく、たった一人で毎日を過ごしている。


春霞くんの母親の武勇伝なんていうのは、私たちは興味がない。


かといって、ヤバいやつであることは変わらない。だれも彼に触れようとはせず、いないものとして過ごしていた。


その、やばいやつが。
入学して初めて話しかけた相手がいる。


「おい美松」


ひどくざらついた声が私の背筋を凍らせた。


「……はい」


なぜ、私なんだろう。
そうみんなが思うのは間違いない。

けれど私は、いつかこんな瞬間が来るんじゃないかと予想はどこかでしていたと思う。


私と彼は、そもそも幼馴染だった。


いや、幼馴染に過去形がないとすれば、今も幼馴染なのだけど。
あの事件から一言も話していないのに、今更なんだろう。


春霞くんのアーモンドアイはひんやりと冷たく、思い出す限り可愛らしかったはずのソプラノの声もずいぶんと低いものに変わっている。


端正な顔立ちはそのままだ。にもかかわらず湿っぽい雰囲気が出ていて、”モテる”とはまた違うカテゴリに属するだろう。


いわゆるヤンキーみたいになれば、まだ彼は社会で生きていけるのに。
どう表現しようもない、彼は無所属。

尋常じゃない威圧感に押されているとようやく彼は口を開いた。


「ウザい」


毎日聞いているこんな単語に、汗が噴き出た。体中に緊張感が走り渡る。


「ご……ごめんなさい」


小さな声で謝ると、彼はもう一度私を睨んで、席に着いた。


ほんの小さな声で噂していたはずなのに、聞こえていたなんて。
でもなんで私を代表みたいにして、このグループだけが咎められるんだろう。


今まで何十人と爆破予告犯を見学しに来ていたはずなのに。


なんだか府に落ちないけど、この日を境に爆破予告犯の話は教室内に限ってぱったりと聞くことはなくなった。


***