翌日、監査委員会として正式に調査することを笹山先輩に告げるために、三年生の教室棟に向かった。


 めったに来ない場所だけに、緊張しながら笹山先輩を呼び出すと、笹山先輩は嬉しそうな笑みを浮かべて豪快に松葉杖を振りながら現れた。


 ――笹山先輩って、美人なんだ


 ショートカットですらりとした体型だからボーイッシュに見えるけど、内面から滲むような美しさは隠しきれていなかった。ちょっとたれ目な笑顔にも人の良さが溢れていて、一目見ただけで好きになってしまうような魅力に溢れていた。


 ――だから、なのかな?


 不意に沸いた疑問に、小さな胸が痛くなる。田辺先輩が依頼を引き受けたのは、依頼主が笹山先輩だったからじゃないかと邪推して気が重くなってしまった。

 そんな気分を抑えながら笹山先輩に告発の内容を確認しようとして、ふと笹山先輩の左足に目がいった。

 笹山先輩の左足にあるのは、痛々しい雰囲気を漂わせるギブスだ。松葉杖と合わせて考えたら、ただの捻挫程度の怪我じゃないことはすぐにわかった。


「馬鹿だよね、大会前にキャプテンの私が骨折するなんて、笑い話にもならないよね」


 私の視線に気づいた笹山先輩が、笑いながら頭をかいた。練習中の怪我らしく、今度の大会までに完治するのは難しいらしい。

 高校最後の大会に出場できないという事態を知って気まずくなった私だけど、笹山先輩は悲しみを見せるどころか豪快に笑っていた。見た目以上に気の強い性格みたいで、私の安っぽい心配は無用みたいだ。


「県大会には出場できないけど、県大会で優勝すれば全国大会には間に合うかもしれないんだ」


 気持ちが軽くなるような柔らかい笑みを浮かべながら、笹山先輩が私の肩を叩いてきた。

 笹山先輩によれば、完治とはいかなくても、試合に出るチャンスはまだ残されているとのことだった。

 そのために、女子バレー部は一丸となって練習に励んでいるという。そんな部員の気持ちに応える為にも、笹山先輩は泣き言は言わずにチームを支えることに専念していると教えてくれた。


「告発した内容に間違いはないですか?」


 笹山先輩の話が一段落したところで、私は本題を切り出した。


「迷ったんだけどね。でも、バレー部の為に私にできることはやろうと思ったんだ」


 明るかった笹山先輩の表情が僅かに曇る。言葉の端に、笹山先輩の本意ではない気持ちが見えたような気がした。


「何かあったんですか?」

「え?」

「いえ、笹山先輩は、望んで告発したように見えなかったですから」


 影が見えた笹山先輩の表情が気になり、私は遠回しに笹山先輩に告発した理由を聞いてみた。


「本当はね、できれば話し合いで解決したかったんだ」


 私の遠回しの気遣いに、笹山先輩は笑いながら私の頭を撫でてきた。キャプテンを任されるだけあって、そんな仕草にも裏表の無い優しさが感じられた。

 一度咳払いをした後、笹山先輩が語った告発理由は、私が考えている以上に厄介な問題だった。

 事の発端は、一ヶ月前に発生した体育館の使用制限だった。

 老朽化が進んでいる体育館の照明器具に不具合が生じ、さらに、照明器具の一部が落下する恐れがあることがわかった。

 そのため、一時的に体育館の一部が使用できなくなったけど、どうやら体育館の使用制限について、男子バスケ部と女子バレー部との間にトラブルが生じたらしい。


「みんなで体育館の使用時間を決めて譲り合うようにしたのに、男子バスケ部だけが使用ルールを無視しているの」


 笹山先輩の顔色に怒りが滲み始めた。度重なる男子バスケ部の身勝手さのおかけで、女子バレー部は練習時間を削られるはめになっているらしい。

 当然、女子バレー部は男子バスケ部をよく思っていないみたいで、今は一触即発状態になっているという。


「お互い全国大会に出場できるレベルだから、男子バスケ部が練習時間を確保したいのはわかるんだけどね。でも、それはウチも同じだから、コートを譲り合ってもらわないと困るってわけ」


 何度か男子バスケ部のキャプテンである谷川先輩とは話し合いをしたらしい。

 けど、結果は平行線を辿るだけで、解決する気配はなかった。

 そこに舞い込んできたのが、男子バスケ部の不正疑惑。業を煮やしていた笹山先輩は、女子バレー部の為に告発という手段に出たということだった。


「一度は田辺くんに苦情を申し出たんだけどね」


 笹山先輩が声を落として悪戯っぽく笑う。私はすぐに頭を下げて謝るしかなかった。脳裏に浮かぶ田辺先輩の印鑑を押す姿に、声を大にして非難してやりたかった。


「そんなに謝らなくてもいいから」

「でも」

「大丈夫よ。苦情は無視されたけど、告発は聞き入れてもらえたようだしね。田辺くん、普段は無気力だけど、やる時はやる人だと思ってるから。繰り上げ委員長なんて言われてるけど、私はそうは思わないんだ」


 柔らかい笑みを携えて、笹山先輩が田辺先輩を評価してくれた。一瞬、聞き間違いかなと思ったけど、笹山先輩の表情から田辺先輩を信頼しているのが感じられた。


「告発の内容につきましては、全力で調査をしていきます」


 田辺先輩が褒められたことが嬉しくて、返事をする言葉に力がこもった。笹山先輩は「よろしくね」と私の手を握りながら呟いたけど、急に再び表情を曇らせた。


「処分が決まったら、男子バスケ部はどうなるの?」


 一呼吸置いて、笹山先輩が言いにくそうに口を開いた。


「調査結果次第ですけど、多分、部活動の停止処分になると思います」

「どのくらい?」

「最低でも一週間くらいだと思います。けど、内容によっては……」


 笹山先輩の暗い表情の意味がわかったせいで、私はそれ以上は言葉にできなかった。

 笹山先輩も、好きで男子バスケ部を告発したわけじゃない。苦肉の策でしかなかったのは、影の射す表情から一目瞭然だ。

 笹山先輩は、男子バスケ部のことも心配している。この時期に活動停止処分になれば、今度の大会に影響するのは間違いない。そのことを、笹山先輩は心配しているのだろう。


「なんとか、男子バスケ部と女子バレー部にとってベストな結果になるように頑張ってみます」


 私に言えたのはそれだけだった。でも、笹山先輩は温かい笑顔を浮かべると、私の両肩を優しく叩いてくれた。

 盗難事件で発覚した不正疑惑。

 その背後にある男子バスケと女子バレー部の確執。

 この問題、一筋縄ではいかないような気がして、私は両手を握りしめて気合いを入れ直した。