「母さんがちょっと体調を崩してさ。ああ、もう大丈夫なんだけど、この正月くらいは帰ってこい、な?」


「お正月は、友人と旅行があるから。その前に一度、顔を見せに行きます」


「おまえが旅行にいくなんて、どれほど親密な友達なんだろうな。今度紹介してくれよ」


「ええ、そのうちに」


旅行だなんて、堂々と嘘をつく。母の具合が本当に悪いかは別として、兄がいない平日に休みをとって、ぶらっと顔を出せばいいだろう。

私の警戒心も、兄は気付いている。

そして、気付かないフリをして、無邪気に兄として誘ってくる。


「なあ、俺とも旅行に行かないか?勤続10年表彰でもらった旅行休暇をまだ使っていないんだ。沙都子の行きたいところにするからさ」


「そんなの、彼女を誘った方がいいわ」


「彼女がいない寂しい中年に、そんなこと言うか?思いやりのない妹だな」


「いい年した兄妹がふたりで旅行なんて、おかしいでしょう」


「そんなことないよ」


言い募る兄に、どう答えたらいいかわからなくなる。
いつもこうなのだ。
兄はパワーがあり、私とは精神構造が違う。理不尽を「正しい」と押し切る強引さを持っている。